詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

「 顔 」 柴田望  2019-1-22.

「 顔 」
    
  
真っ白い 何もないただの壁に
窓を落書きする 真っ白い曇りや氷点下の結晶
景色を遮る粒子が星空に吸われたのではなく
ある晩、窃盗団の侵入により幾世帯もの
窓ガラスとステンレスの枠は消される
死んだ団地の表情 同じ方向へ一斉に叫んでいる 
こんな工事、発注していない!
グーグル・アースでは細い腸のような 眼の楕円の集落
涙腺を辿ると 円形に削られている 鉱質の高い地下水は枯れ
旧三井砂川炭鉱中央立坑櫓 カーブする渓流の奏で響く
最盛期は人口密度日本一 山じゅうに住居はあった
集会場、共同浴場と三〇棟あまりの廃墟だけが残る 
水道も電気も来ている 生活保護の二人のため
坑道の入り口は封印されている かつては町の顔であった
鉱石光る大地の賑わいは国じゅうに散らばって消えた……
もうそこには住んでいない 男が訪れるのは
地元カーショップにある生保代理店窓口 女性が問う
何も書かれていない 真っ白いただの紙にすべて書く
姓名判断 四柱推命 手相 数秘術 西洋占星術
A4の二・三枚 手書き儀式中に映像は湧き水のごとく閃く
採用面接と同じで 核の体験の記憶まで遡らなければならない
カウンターの黒服の女性が見たことを伝える 男の表情は変わる 
その瞬間にだけ 重い仮面をようやく外す
一見何もない壁に 籠められている 全体の予算 国の計画 
最初は助けたい一心でした 解体しやすいかどうか
ベニヤ板を石で叩けば 薄いコンクリ 結露の酷い石膏ボードが粉を垂らす 
古いアイドルのポスター 黴びた畳が永遠に濡れる
火でも点けられたら大変 視力と発語力を盗まれた
のっぺらぼうの同じ顔が 月に向かって咆哮している
住まいを後にした幾世帯もの 束ねられし表情の破片
どこへ散らされたのか? トラックは国境を超える
反射する風景を奪われ 緊急ダイヤルが鳴る 「ピザを届けてほしい」
「これはただのピザの注文ではありませんよね」
「はい、ラージサイズを四つお願いします」
警官はその住所へ出動し 酔った男に手錠をかける
男はウィリアム・F・フリードマンじゃない
電話した女性の顔は腫れあがっているが見たことがある
先週、忠告されたはず …でも彼の元を離れようとしない
彼にも忠告した 続けたら逮捕されると
彼らは占いへ通うのをやめず 行動も変えない
重い仮面を脱ぎ、悩みを話す相手は 占い師でもカウンセラーでもなく
水晶玉でもない 鏡だ 苦しみは一人ではない 大勢の人が抱えている
口コミで並ぶ 芸能人、社長クラス、学校の先生、学生や主婦、お年寄り達…
とにかくもう、書くのが大変 真っ白い紙にひたすら書く すると閃く
役割は仮面 暗号に過ぎぬ (ピザの注文じゃない)
盗んだ組織の人相を暴く 生きているかを知りたくて 
行方不明の写真を持ってくる警官やご家族
《欠如とは存在の不在の底にある存在、何ものも存在しない時に
なおかつ存在するところのものであるのではないか?》    *1
《薔薇は闇の中でまっくろに見えるだけだ。》        *2
失われた言葉で 草叢に隠れ 獲物に目を光らせる 入れ墨の狩猟者
渦巻や棘や眼の文様 炭鉱に勤めた相談者のご先祖 沢の集落
団地の入り口にある華奢な橋は十四トンしかもたないのに
二十トン以上のダンプやトレーラーが毎日行ったり来たりして
建造された遺跡 催眠の季節に 団地すべてを壊すのではなく 
生かせるものは生かしたらどうか 国や道の予算でやれはしないか
窓を奪われた廃墟に棲む 何も貼られていない結露の酷い透き通る壁に
人々の顔を浮かべようと試みるとき
どんなに遡ろうとしても 秒針は未来へと進む一方なので
決して辿りつけず 目指すことしかできない (一応制限されている)
人生を形づくった核の体験の記憶 そんなものはない
表情は描かれています
 
 
*1 モーリス・ブランショ『文学空間』
*2 小熊秀雄「馬車の出発の歌」

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