詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

「顔」 

「顔」  

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お父さんとお母さんがいたころの家の庭に
近所のボス猫が白くて華奢な奥さん猫と
真綿のような子猫三匹を連れてきた
きみはキャットフードの皿を置く
ボス猫が食べようとすると 奥さん猫が横からパンチ
先に子猫たちに食べさせたい
外では強いボス猫も奥さんにはかなわない
ある朝、玄関を開けて手招きした
母猫は子猫たちを家に入れて
じぶんは入ろうとしなかった 
母猫は声を失っていた 出ない声で必死で
(わたしはいいです 子どもたちをお願いします…)
頭を下げる仕草をして 気がつくとどこかへ
たまに顔を出しても 遠くから眺めるだけ
見るたびに病気のように痩せていた
頭を下げる仕草をして だんだん来なくなった
子猫たちは大きくなった
今日までは顔を合わせるのが普通でも 
永遠の訣れは来る
永遠に訣れても 面影が浮かぶ 声が聴こえる
霞ケ浦海軍航空隊飛行予科練習部に配属され
出撃直前に終戦を迎え
戦後は警察官として道内各地を勤め
警視正で退職後も 剣道の先生
《無雙直伝英信流居合道範師として後進を育て
すべてを教え きみに託したお父さん
和裁士として美しい着物を数多く仕上げ
目が見えなくなるまで
美味しいお菓子をたくさん作ってくれた
目が見えなくなっても着物を縫ってくれた
子どもたちが好き嫌いなく食べるように
(セロリが嫌いだったことを)
死の直前まで隠していたお母さん
網膜剥離で 手術を重ねて
だんだん視力が薄いのに
家をオレンジ色に塗ってくれた
小遣いを貯めて ペンキを買って
足場を組んで 外壁を綺麗に塗ってくれた
雨漏り天井も直してくれた弟
家族四人で暮らした憶い出の帰る場所
命がけで守っても
誰もが誰かと永遠に一緒に居ることはできない
死んでいった人たちの過去の呼吸が
太陽に照らされていちめん輝く
会いたいときはいつでも会える
忘れられていく流れに
逆らえば逆らうほど消されていく
あと何年かすればこの家も
雑草に覆われて跡形もなく消えるのか?
もともと存在しなかったと
どの記録も書き換えられるのか?
力のある者にとって都合のいい教科書が配られ
侵略者によって埋葬された骨は暴かれ
家族は引き離されるのか
目の見える者は得をして
見えない者は損をするのか
ずっと離れたくなくて
どうか一瞬でも長くこのままでいたいと
しがみつくほどあっという間に
手のひらからこぼれ落ちて 
風に吹かれて何も残らない
それでもいいのかもしれない
無理に次の世代に遺そうとするのではなく
過去にしがみつくのでもなく
一瞬一瞬を深く味わい
去る時を去るに任せ
来る時に感謝しよう
物置を与えられた あの子猫たちは
おじいさん、おばあさん猫になった
新しい親猫 子猫たちが仲良く
キャットフードを食べている
与えられた平和を享受している
ここを見つけるまで涯てしなく彷徨い
海を超えた一族の歴史を
語り継ぐことはできなくても
(空白に刻まれている)
存在が反逆の証明である
摑むことなど永久にできなくていい
(試みることはできる)
到達を試みることしかできなくても
区別の忘れ方は学べる
優しい手に貌づくられた娘の頬
白紙に埋められた文字 視力とは盲点であり
見えないからこそ見えるものであったと

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