詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

小樽詩話会 会報No.622(2019年4月)

小樽詩話会 会報No.622(2019年4月)

■嘉藤師穂子さん「パンケの沢へ⑦」、砂川、上砂川へ行くたびに師穂子さんの詩を想起しつつ、《パンケの沢》看板を何度か通り過ぎました。下川敬明さんの「悲しみについて」とても癒やされる作品でした。
二宮清隆さんより本号について「フラジャイル三銃士(二宮さん、木暮さん、柴田)、それぞれの戦い、いとおかし(『枕草子』を中心とした平安時代の古文などで使われる「もののあわれ」を言い表す表現で、「とても趣が深い」などの意味」)」とのご感想でした^^

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24ページ 柴田望
「 跼天蹐地につき 」
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二階から玄関までの階段を這いつくばって舐めるほど磨き
頭が天に触れるのを恐れて背をかがめ 地が落ちしぼむのを恐れて抜き足
年に一度の大掃除 やりたがる人のいない役割
分担を愛する慶びに感謝し 下駄箱の鉄板の泥を丹念に落とし
新品のタオルで洗剤を使わず 玄関の神秘石を磨く

一年前に私が掃除して以来誰も手をつけていない
人の背丈ほどもある緑色の石は 釈迦の手のひら 雲の彫刻の台座
冷水で磨けば顔が映る お客様を迎える場所なのに石の裏は天井も壁も
油交じりの埃や蜘蛛の屍骸だらけ 隅をやった分だけ真ん中は決まる 

自発性の育ちにくい職場ではあるが ほとんどは後輩だから 
私がやっているのを見ると手伝ってくれるだろう 十五年前、初めて訪れた玄関の
石の印象は強烈だった 静かな床と階段を初めて汚して面接を受けた
入社時よりはましになったつもりが 手のひらを回ってるだけ  
玄関の床も手のひら四つん這い汗と吐く息で磨き
先に靴底を洗うべき学びに感謝するだけ

東の言うことを聞けば震える怒号で西に叱られ 西の命令を守れば東に悪評流され 
タテ社会見る側の色づけ 目の前の泥や埃を拭くのに多忙でそれどころじゃないし
バケツの絞り水ほどお役に立てれば身に余る幸せ
繰り返しに徹し 方針が定まらない情況にさえ感謝
少なくとも一部にとっては 発言の開かれた社会だから

厳しい教えを装い 私欲の意図を剥きだし 弱者を狙い
怒鳴りつける悪質な苦情客や 不正で両手真っ黒な即席の上司は もういない 
私からではなく、あらゆるご縁からの報いを受けてこの玄関から去っていった 
あの怒号は私にではなく 宇宙に対し ご自分に対し ご先祖に対し 発せられた 
まっすぐに ご自分の顔を汚していた 

今生で魂を磨く貴重な機会を戴いたことに頭を下げ あなたの顔を清める 
這いつくばって 洗剤で 水で 会社のではなく家から持ってきた新品タオルで
丹念に乾拭き仕上げます 誰もが嫌がるおかげで 
毎年私しかしない祈りを 密約を明かさないために

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