詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

「 越える 」 柴田望

「 越える 」 柴田望
 

今日は天気がいいので
入国管理局へ行こう
悪気はない
三日ほど不法滞在している
それくらいの度胸がなきゃだめ
ぼくは免許を取りたてで 親に内緒で車を買い
事故を起こして免停中
それくらいの度胸がなきゃだめ
ハンドルを握る 早朝に出て一〇時半に着く
第三合同庁舎七階 航路を眺める 領事館へ行きなさい
ナビのない時代 あった、伏見公園近く
女性職員と母国語で喋る
・・・彼氏に連れてきてもらったの・・・
・・・裕福な国で育ったばかな学生・・・
これで安心 さてどうする?
日本は海に囲まれている
五号線から札樽道 運河通り
銀のすず(鐘?) オルゴール堂 北一硝子
潮の香り 波の羽音もだんだん薄く
ガソリンスタンド電光 揺れる異郷
曇りガラスに文法を書く
ご両親に会うためのレッスン
帰省費を稼ぐバイト
夜の十二号線 小さな喧嘩 
アイシャドウの入墨 肌の感触
実家からひと月かけて船便が着く
習ったのと違う どこへ還る?
(助手席と運転席だけが祖国)
(ひとりのときはぜんぶ外国)
悪気のない 異様な視線に曝されていた
顔写真付きの証明など
大したことはないと気づく
度胸が足りなかったのです

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「越える」 柴田望

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「越える」イメージ