詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

第三十二回「しゃべり捲くれ」講座、―「哄笑の構造、反世代への冀求」 三月十七日(日)

小熊秀雄賞市民実行委員会の次号会報「しゃべり捲くれ」に掲載のため、3月に行った講演の内容を1ページに再編集致しました。高野斗志美先生が1968年に書かれた評論「哄笑の構造、反世代への冀求」を、自分なりに分解し、解説致しております。
 
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■三月十七日(日)、十四時より、まちなかぶんか小屋(旭川市七・七)にて、小熊秀雄賞市民実行委員会主催による第三十二回「しゃべり捲くれ」講座、―「哄笑の構造、反世代への冀求」と題し、実行委員会の柴田望が、大学時代の恩師である高野斗志美氏(故人)が著した評論を、解説させて戴きました。 
(テキスト:『存在の文学』 高野斗志美著 三一書房刊)
 
 まず、「哄笑」とは一体何のことでしょうか。哄笑する、とは、どっと大声で笑うこと。「構造」とは、物事を成立させる各要素の機能的な関連。次に、「反世界の冀求」とあります。「反世界」とは何か? 物理学では、反粒子が通常の粒子と衝突すると対消滅を起こし、すべての質量がエネルギーに変換される。つまり、まったく逆のもの同士が衝突して、エネルギーが生じる、このように理解できます。じつはこれは、文芸評論家・高野斗志美の著作を理解する上で、非常に重要なカギと言えます。高野先生が旭川の同人誌『愚神群』の創刊号に書いた文を、佐藤喜一氏が著書『小熊秀雄論考』の中で引用しています。「死が生の、誕生の母胎であるという発見」「未来を語ることは、希望の滅亡を徹底的に見すえることによって、はじめて可能となっている」 最後に「冀求」とは何か、これは強く願い求めるという意味ですね。いまはそうじゃない、だけど将来はこうありたい…創作の出発点ではないかと考えます。
 
 昭和一〇年代、《日華戦争から太平洋戦争へと転落する悪時代》の開始。 だんだんものが言えなくなっていった時代に、自由を「冀求」した。「その虚無の地帯にひそむものは、自由である」「むろん、原始としてのその自由のイメージは無産者としての小熊の精神の根底に生きているそれである。」 無産者という言葉が出てきます。資産をもたない、労働者階級のことです。所有を手放していく。自分の肉を与えることで、故郷である海に近づいていった『焼かれた魚』、そしてサルトルジャン・ジュネ論が紹介されています。『泥棒日記』のジュネは《存在を所有によって規定する社会》で、「存在するために所有しようと思う」。しかし小熊秀雄はそれとは逆で、「存在するために所有を廃棄する」。
 
 ではどうして小熊秀雄は、所有の社会から排除されて欠如の世界を疾駆することを選んだのか。「所有の社会」とはつまり、資本主義のことですね、欠如というのはその反対である。そう考えたとき、小熊秀雄はたった一人で、【資本主義社会にケンカを売った】のだ、という仮説が書かれていると考えられます。私たちの生きる資本主義社会は〈所有〉の社会。〈所有〉することが存在の当然の意義のように感じられている。果たしてそれだけでいいのか? その常識を逸脱したあらゆる視点から存在について考えることこそ、真の文学の課題であり、〈自由〉への道なのではないか?
 
 この論が書かれた一九六八年(昭和四十三年)は、激動の時代であり、体制と戦う運動が全世界で展開され、「しゃべり捲くる」ことが盛んだった時代です。文学がもっとも輝き、多くの文学者・知識人がしゃべり捲っていた。「破壊への情熱が渦巻いていたあの時期の文学」(筑摩選書『1968』(四方田犬彦・福間建二編)。だからこそ、高野先生は、その一九六八年という時代の中で、小熊秀雄を書いたのだと思うのです。小熊秀雄は「しゃべり捲くる」ことが許されない状況の中で、しゃべり捲っていた。資本主義社会の〈所有〉に〈欠如〉で決闘を挑む。〈欠如〉の意識を〈虚無〉への志向へ変貌させ、〈自由〉を獲得する、という着想が激しい時代の渦中で生まれたのではないでしょうか。
 
 〈所有〉に魂を奪われはじめていた時代、〈欠如〉を、存在の意味に変貌させ、自由を獲得しようとした一人の詩人がいた。旭川ゆかりの詩人、小熊秀雄。その〈自由〉と〈存在〉について、哲学の言葉で、火の出るような評論を書く思想家・文芸評論家が旭川にいた。存在とは何かということを、真摯に問い続けた、高野斗志美先生が、この旭川にいたんだ、ということを、今日はお話をさせて戴きました。
 
 (柴田望 「フラジャイル」代表 日本詩人クラブ

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「しゃべり捲くれ」講座、―「哄笑の構造、反世代への冀求」

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「しゃべり捲くれ」講座、―「哄笑の構造、反世代への冀求」

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高野斗志美先生 略歴

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『存在の文学』 高野斗志美著 三一書房