詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

■小樽詩話会会報624号(2019年8月)

 

■小樽詩話会会報624号(2019年8月)
6ページに、柴田望「顔」

 昨今の過重労働、パワーハラスメントセクシャルハラスメント、DVや幼児虐待等の問題をどう解決できるか。何故人間はこんなに残酷なのだろう、ではなく、元々人間にはとてつもなく残酷な面があるのだという視点から考察しなければならない。ほんの数十年前、戦争による大量殺戮や、強制労働が当然に行われていた。多くの犠牲が払われた過去を忘れて、開拓された土地で私たちは暮らす。忘れていること自体が極めて残酷な遺伝子の証明である。
 「顔」17篇のうち数篇は現代社会の問題を過去の凄惨な人類の歴史に向き合わせて、17番目の「顔」は未来にくり広げられるかもしれない残酷な状況としての放射能問題等について、「顔」はどのような表情で向き合うか、考えつつ書きました。今回、小樽詩話会に掲載の「顔」は、15番目の作品です。
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「強い側としてやったこと 
 弱い側としてされたこと」
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「凍傷で指のない掌は 
 きみの労働の核に宿っているか?」
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小島きみ子さんにお勧め戴き、読む機会を得ることができました、ヘルマン・ヘッセ『シッダールタ』岡田朝雄訳(草思社)のこの言葉に触発されて。

「どれもが死ぬことを望んでおり、どれもが情熱的に痛ましい無常の告白であり、しかもそのどれもが死なず、どれもが変身しただけで、常に新たに生まれ変わり、たえず新しい顔になり、それにもかかわらず一つの顔と新しい顔とのあいだに時間が存在しないように見えた。」
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「顔」 柴田望
 

柔らかい木は 風が吹けば曲がる 硬い木は折れる 強風は硬い木へ吹く 生贄は吊るされている きみを執拗に批判して 点数を稼ごうとするパワハラ上司に 恩を売ってやりなさい 周囲が見ている 犠牲を称える 必要なときに導かれ 遣わされる 今度会ったらあれを言おう、これも言おう・・・でも忘れる 何かの拍子に蘇る 言いたいことを書くのではなく 書かされている 切り株に導かれ 足を運ぶ 囚人労働が築いた使われていないトンネル 空缶の水を捧げ お経を読む 途中でやめようとすれば見えない手が伸びて 足首をぎゅっと摑む 実り豊かな木はお辞儀している 貧しい木は上から目線 泣く木の国道カーブは事故多発 三笠市市来知空知集治監 政治犯の顔ぶれ 栗山トンネルの工事は困難を極め 寒冷な気候と過酷な労働に多くが斃れた 根元には本当に遺体が無造作に埋められたのか 骨は採掘されるのか (アパートの下の階が焼失 おじさんが床から浮いてきて きみは頭を押さえたね) 人間が棒に 丸太に変わる 脳の仕組みにより 人は思いあがる 神に代わって裁く (泥棒が入ったとき きみは日本刀を持っていたね) 飲み水にも道路にも感謝しない私たちが歩む 大雪遊水公園 真冬に夏服一枚 藁の靴 藁の手袋 忠別川の川底の石を素手でかき集め あかぎれで全身血まみれ 雪の結晶が傷口を塞ぐ 国際法違反であったか否か以前に 労働とは何か 殉ずるとは何か 有刺鉄線に囲まれ 監獄は見張られている 同意したと思いこませ 同意せざるを得ない 強制ではなく 強行拉致でもなく 霊視を求めて きみの損保代理店に訪れる長い行列 ずっしり重い仮面 所与を剥ぐ 姓名 生年月日 手相 人相 A4の履歴 強い側としてやったこと 弱い側としてされたこと 故郷に戻れず 家族に再会できず 奴隷として命を落とした 泥だらけの遺体 失くした顔 凍傷で指のない掌は きみの労働の核に宿っているか? コンビニ スーパー 携帯ショップ ガソリンスタンド 飲食 ホテル 娯楽 風俗のパート バイト 派遣 嘱託 正社員 店長 部長 社長クラス コンサル 社労士 弁護士 会計士 販売 自動車 不動産 営業 ハンドルを握る タクシー 配達 大型 牽引 玉掛け 小型移動式クレーン 大型特殊 道路 建築 とび 土工 誘導する 取り締まる警察 消防 自衛隊 市役所 税務署 財務事務所 労働基準監督署 法律を売る 刷る 書く記者 広告 カメラマン 照明をあてる 芸能人 市長 市議 道議 知事 当選させるための 権利を主張する共謀 発言を読む学生 新聞 雑誌 テレビ ネット 配信元の仕組み 教育を企て 文化 思想 宗教を語る セミナーで人を集める 職を斡旋する 顔のない者を癒す医師 看護師 放射線技師 無菌の揺り籠から幼稚園 小学、中学、高校教諭 大学教授 准教授 管理職 事務員 扶養家族 将来何になる? 死へ近づく? 銀行頭取 名前を棄ててダンボールで暮らす 「邪魔だからどけ!」 たった一人の声ではなく 無産階級の声なきグレー 周囲の皆が幸せなら それが幸せ 名づけられぬ幾千もの声のリレーが 近くて遠い 次の瞬間を左右している でも麻痺している あったことを書くのではなく 書かれた声が現実を孕む アスファルトに横たわり 自転車に踏まれ 信号が変わる 記録されることのない 全員が詩人 その証拠に一行も書かない