詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

■「東鷹栖安部公房の会たより」 2020年・春

「東鷹栖安部公房の会たより」 2020年・春
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■1月25日(土)14時より、旭川市東鷹栖公民館にて東鷹栖公民館と東鷹栖安部公房の会主催による「安部公房 ~バロック音楽と映像による朗読会『魔法のチョーク』」を行い、おかげ様にて会場満席の盛会にて無事終了致しました。開催にあたりご協力を戴きました皆様へ心より御礼申し上げます。
 朗読は冬木美智子さん、山内真名さんが担当。また、音楽は昨年までは安部公房が用いていたシンセサイザーの音色を使用してBGMを作成しておりましたが、今回は佐藤道子さんによるピアノの生演奏、曲目はバロック音楽コレッリの舞曲、Sonata "La Follia," Opus 5, No. 12を演奏して戴きました。(安部公房バロック音楽を好んで聴いていた一時期があったとの記述より)。公民館のアップライトピアノを使用、映像とともに、大変雰囲気のある空間が創出されました。
 短編「魔法のチョーク」は昭和25年(1950年)安部公房が26歳のとき「人間」という雑誌に、「3つの寓話」の一つとして発表された作品。翌年1951年に第25回芥川賞を受賞した『壁-S・カルマ氏の犯罪』が収められている短編集『壁』(月曜書房)の中に「魔法のチョーク」も収められており、現在は新潮文庫で読むことができます。安部公房の初期の短編小説で、「人間以外のものに人間が変形していく」物語はたくさんあります。変形譚と呼ばれるものです。「魔法のチョーク」も、主人公のアルゴン君がチョークの魔法を通じて最終的には壁になってしまう、「変形譚」の一つと考えられます。実際にはありえない話を書いている=反リアリズムの文学。2016年の片山晴夫先生の講義の中で安部公房は何故、「反リアリズム」の作品を書いたのか?「本当のリアル」を求めるために、「反リアリズム」の道を行かなければならなかった、というお話がありました。安部公房は既成の型にはまらず、独自の表現を追求しました。チョークの魔法を使っていたアルゴン君は、そのチョークを用いて、世界を創ろうとしたとたん、無機質な壁への変形を強いられました。アルゴン君にとって、この魔法のチョークは、有機物と無機物の境、生と死の、現実と非現実、日常と非日常、2つの別の領域をつなぐ通路のようなものでした。アルゴン君の変形譚を読み、読者としてこの変形を経験することで、私達は「変形」を「発見」します。「変形を体験することで、主人公はたしかに、自己の発見を行う。自己改革の新しい拠点を創るために、変形を発見する。」変形の発見=自己改革の拠点になる。自分が自分でなくなる、日常が日常でなくなる、非常時が訪れる。当然のことが当然でなくなる→やがてそれが当然に変わる(変形する)。そのような情況をえがきだす、安部公房は、書く行為そのものを通じて、読者に体験されることで、存在について・人間の在り方について根源的な問いを発することができた。稀有な作家であったと考えられます。
 「魔法のチョーク」は70年前の作品ですが、全くさを感じさせません。現在の芸術作品に及ぼされた影響の一つとして特に思いつきますのは昨年大ヒットを記録した新海誠監督の「天気の子」という映画です。ある女の子が天に祈ることにより、雨を止ませる。〈晴れ女〉としての仕事を行うたび少しずつ体が透明になっていく。空に変形していく。やがて全身が空に取り込まれていく、という犠牲を完成させるか、阻止するかといった選択を強いられる。そこで登場人物たちは、新しい自分たちの生き方を見出していく。日常と非常時、現実と非現実の通路によって(自己改革の新しい拠点を創るために、変形を発見する。)。人間の在り方について根源的な問いの発せられた、安部公房の影響を感じる作品の一つとして、大変嬉しく鑑賞致しましたこと等、ご報告をさせて戴きました。

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