詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

■ 海岸線  ~若宮明彦詩論集『波打ち際の詩想を歩く』(文化企画アオサギ)を読んで

「 海岸線 」   柴田望
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若宮明彦詩論集『波打ち際の詩想を歩く』(文化企画アオサギ)を読み
「海岸線が急速に失われつつある」という 何故か?
高層ビルを建てるために 砂が違法な組織によって
世界中の海岸から盗まれ 高値で売られている
大学の頃、小さなビルの地下2階のショットバーで働いていた
一九九七年 コンクリートの壁じゅう蛍光のキース・へリング
MTVから流れるレディオヘッドの『OKコンピューター』
デヴィッド・ボウイもジャングル・ビート仕様
既成の解体を強いられ、まさにアヴァン・ポップ全盛
詩の雑誌も前衛または実験の奔流(前衛と実験は異なる)
人はどう生きるべきか ポストモダン以前か以後か
カクテルのレシピを憶え
ピザの生地にスイカのエキスが入ったメニューが好きでした
秋、岩見沢に帰省し、気晴らしに国道沿いの上野書店へ
カウンターに一冊の本がポップ付きで置かれてた
『叢書新世代の詩人たち24・貝殻幻想・若宮明彦詩集』(土曜美術社出版販売
岩見沢在住の著者による詩集、第三十五回北海道詩人協会受賞作!》
巻き貝の表紙を導かれるように開く
「海霧のように流れる
 一房のかなしみを
 こころの水平線から
 そっともいでしまいたい」(「海洋性」)
文字を眺めて聴こえてくる音に耳を澄ませた
遠い宇宙の言葉を初めて聴いたときのように
孤独や痛みが吸いこまれていく救いを得た
意味の繫がらない言葉や記号の配置ではない
しかし新しいと直感で判る
読み進めると一月のガーネットから十二月のトルコ石まで
言葉を誕生石に変える不思議な錬金術の暦
海の詩も石の詩も貝殻の詩も血が通っており
人と人との関わりについて書かれているように思えた
海岸線を彷徨っていた
深夜、店が終わって
ホームレスの眠る駅で朝焼けの始発を待ち
単位がきっと足りなくて卒業できるか不安だった
長い距離をドライブして各地で演奏しながら
少しずつ音を掴んだバンドを解散させた
将来を約束した彼女は瀋陽へ帰ってしまい
日本へ戻すためのお金を送りたかった
一九九八年 ついこのまえ笑顔だった
虻田の祖父が亡くなり 祖父の家で葬儀は行われた
親戚の賑わいをよそに 一人で海岸へ行き
波と砂を見つめていた 祖父の声が聴こえた
「お前くらいの頃、柔道の技が決まる夢を見た 
やりたいことがあれば 夢に出るほどやるべきだ…」
詩に夢中というわけではなかったけれど
『核詩集1998年版』(核の会)
何気なく後ろのページをめくったとき
あ、あの詩人だ!
「打ちよせるものより
 遠ざかるものに
 ふと目頭が熱くなるのは
 どんな因果によるものなのか」(「海辺にて」)
若宮明彦詩論集『波打ち際の詩想を歩く』(文化企画アオサギ
序文「波打ち際の詩想」を読み 何も考えられないくらい
詩人の密かなファンとなった二〇代の記憶が噴きだし
かつては《北海道の詩》の本が数多く発行されていたけれど
北海道の視点から詩を語る論も 今はあまり見かけず
日本の 世界の 波打ち際から何が急速に失われたのか
樺太師範を卒業の後 身を現人神にささげ
南冥北漠の地に散らさんと 土浦海軍航空隊
特別攻撃隊員拝命 グライダー訓練中に
玉音放送を聴いた少年の祖父と
引揚船に乗せてもらえず 仕方なく軍艦で海を渡り 
潜水艦に攻撃されず 命拾いした祖母たちの
二度と帰ることのできなかった故郷
波打ち際をこれから辿る

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