詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

■詩誌「極光」第33号(編集・発行 原子修氏 2020年12月10日)

■小篠真琴さんより詩誌「極光」第33号(編集・発行 原子修氏 2020年12月10日)をお送り戴きました。誠にありがとうございます。1月18日(月)の北海道新聞夕刊〈道内文学〉にて紹介されていた、鷲谷みどりさんの詩篇「宝石おばさん」、宝石のように多角的に切り出された虹彩のヴィジョン、わたしは「虫かご」であり、「虹色の娘を生」み、「丸かじりにはしない不親切さ」を受け、「虫たちの皿にわたしのかけらを忍ばせたことがある」。「虫のしがい」から「わたしのかけら」を取り出すのではなく、「自分の底にわずかに残るという虫のしがいを/ひとつひとつ取り出しては/近所の子どもたちに見せて回る」。今日からは世界の至るところで「消費されていく」宝石のかけらが見えるかもしれない。
 三角みづ紀氏より「見事な作品である」と評されていた、小篠真琴さんの神話的な「救いの日」、標高981メートルのカニカン岳は今金町の山岳。アイヌ語で金を表す「カンカン」が「カニカン」に転じたと言われる。山頂で役割を告げられ、閾値を超える決意を宿す。「杖をつかって海を切り分ける/そのためだけにこの町を出る」日を《救い》と名づける。海を切り分けるときも「そらの蒼さを背負ったままで」あるのだろうか。
 「永遠に午後であるかのように」、中筋智絵さんの「十月の野」、地平を巡る美しい景色、古い名画のように、だけどリアルな感情の震え、「淡く透明な光」が一瞬で拡がりました。
 若宮明彦先生の「渚屋」、「俺には苛まれる権利がある」という一行に魂が救われました。受難には権利が要る。ありがたく受け止め、「瞬時 瞬時 消えてゆく汀線を/永遠に描き続ける宿痾」…中島みゆきの「ローリング」、「軽く軽く傷ついてゆけ」という歌詞を何故か懐かしく憶い出しました。心より感謝申し上げます。

f:id:loureeds:20210126001315j:plain

f:id:loureeds:20210126001323j:plain