詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

『火縄銃のうた』許南麒(허남기、ホ・ナムギ、きょ・なんき)

■来年が没後20周年となる高野斗志美先生(文芸評論家・三浦綾子記念文学館初代館長)の資料を調べていて、高野先生が北高の英語教諭時代に高校の文芸誌「路傍」に寄稿した評論「黄色い鴉の神ー安部公房作『制服』についてのぼくのノート―」を読んでいると、終戦間近の朝鮮を舞台にした安部公房の戯曲『制服』を語る中で、支配民族と被圧迫民族の問題として、朝鮮の詩人・許南麒(허남기、ホ・ナムギ、きょ・なんき)についての記述があり、興味を持ったのでAmazonで青木文庫の『火縄銃のうた』をなんと56円で購入(送料のほうが高い!)。とっくに廃版で、許南麒の詩作品が読める本は、ほぼ古本しかない状況です。
 なんと61ページに、今話題の「渋沢栄一」の名前が!「アメリカ人モールスの持っていた/ソウル、済物浦間の鉄道敷設権は/日本人渋沢栄一の手によって実現され」と、日中戦争後、日本の帝国主義によって、詩人の祖国が植民地化されていく様子がえがかれています。
 64ページには、偶然ですがちょうど今日8月22日が何の日か、「そして あの八月二十二日/朝鮮の最後の年号、隆熙四年、/日本の最初の年号 明治四十三年のその日、」「韓国併合ニ関スル条約」、韓国併合条約のことが書かれています。
 東学党の農民戦争、1919年の三・一独立革命、そして戦後の祖国解放運動に加わり、祖国の誇りを取り戻そうとした貧しき農家の三世代、祖父、父、ジュヌアの運命を一本の「火縄銃」を中心に、ジュヌアの祖母の視点から語られる叙事詩。許南麒は「あとがき」で、祖国解放闘争(朝鮮戦争)について、「実に長い歳月を、朝鮮人民自体のなかに蓄積されて来た多くの暴圧から来る涙の累積と、その涙の累積から自然に醗酵して来る決意の集計である。」「決して一つ一つがばらばらな、孤立した、思いつき的なものではなく、」「大きな歴史的流れの中で、その流れを正しく継承し、その流れをより一層強力なものに発展させるための一つ一つの軸として起こっている」ということを、この叙事詩において訴えたかったと書いています。未知の困難に直面するほどの時代の変化のときこそ、外見の変化にとらわれず、大きな歴史的流れの中の一つとして、本質的には何が継承されているかに注目しなければならない。
 しかし、詩人の訴えも、この本も、人類の歴史から消されようとしています。

 

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