詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

■令和三年度 旭川市文化奨励賞 受賞講演  常識は変わる ~ 旭Asahikawa川  ・Poetry詩 ・Literature文学  ・Philosophy哲学 ・Thought思想 柴田望

■今年もあとわずかで終わろうしています。おかげ様をもちまして詩誌「フラジャイル」と「青芽反射鏡」の合冊企画、無事発行することができ、全国各地からの反響を戴いております。皆様からの貴重なご指導、温かいご支援を賜り、心より感謝申し上げます。
 12月発行号(「フラジャイル」第13号+「青芽反射鏡」終刊号②)に、令和3年旭川市文化奨励賞の受賞式の講演を掲載させて戴き、旭川市のいじめの問題について触れさせて戴きました。芸術と心の関りの大切さについて、旭川の文化を支えた偉大な先達の足跡を参照し、現代の現実的な問題解決に関わる文学の想像力の可能性などについて報告申し上げた内容になります。
 詩が現実に起きている世の中の動きを題材にすることが、極めて難しい時代になりました。例えばニール・ヤング(CSN&Y)の「Ohio」(ケント州立大学銃撃事件)やボブ・ディランの「Hurricane」(ルービン・カーター事件)、デヴィッド・ボウイの「Black Tie White Noise」(ロサンゼルス暴動)、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン「Killing in the Name」(同じくロサンゼルス暴動)などは、同時代に発生した社会的問題を直接的に扱い、真摯に対峙していますが、いまの日本の現代詩は、社会的な題材を書いてはならないという風潮で、例えば香港のデモについての詩を見かけないし、いじめや自殺の問題について取り組まれたような詩篇も見かけない。そうした詩は別物?という風潮ですが、例えばパブロ・ネルーダの「ニクソンサイドのすすめとチリ革命への賛歌」も詩ではないのだろうか。江原光太さんの仕事についてはどうか。ネルーダや江原光太さんは、コロナ禍をどう書いたでしょうか。(今年10月9日、第54回小熊秀雄賞贈呈式の記念講演で花崎皋平さんがパブロ・ネルーダと江原光太さんについて語られました。)
 日本では現在、芸術が社会的題材を作品に昇華させ、あらゆる視点から問題提起したり、人間の本質について問う役割を果たすことが、何故かだんだん禁じられていくようで、そのかわりにニュース記事の影響として、個人を標的にしたSNSなどネット上の誹謗中傷(公開いじめ)が盛んに行われており、社会的な問題との関り方がおかしくなっている、これは思想の危機的な状況と考えられます。
 10年ほど前には震災を題材にした作品を多く見かけましたが、それに対し、当事者でなければ書く資格は無いとか、壮絶な事態を前に言語を絶望的に「喪失」したなどということが、あらゆる場所で語られ、詩が現実に負けたまま、現代詩が現代に目を逸らし、沈黙が続いているように感じられます。
 1987年にベルリンの壁ごしに東ドイツの若者に向かって「Heroes」を歌い、壁の崩壊に影響を与えたデヴィッド・ボウイの活動が90年代に低迷しましたが、2001年にニューヨークで9・11テロ事件を経験し、明日の見えない時代を生きることにテーマにしたアルバム『Heathen(異教徒)』(2002年)で創造的な復活を遂げました。この時期のライブではキャリアの中でもベルリン時代を象徴する『Low』全曲を演奏していましたが、時代に対して何を応答したのか、その意味についてよく考えたいと思います。ボウイはテロの標的となったワールドトレードセンター跡を、バッテリー・パークの上の「白い傷痕」=「the great white scar」と表現していました。See the great white scar、あの大きな白い傷痕を見ろよ!、2003年「New Killer Star」の冒頭の歌詞です。
 詩が傷痕にどう向き合い、どう表現を行い、どのような応答を発していくべきかという問題について、皆様から学ばせて戴き、来年以降も考えていきたいと存じます。

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■令和三年度 旭川市文化奨励賞 受賞講演
 常識は変わる ~ 旭Asahikawa川
 ・Poetry詩 ・Literature文学
 ・Philosophy哲学 ・Thought思想

 柴田望
https://youtu.be/uEBpNpSA6BY 

いまから四年前(二〇一七年四月二十二日)、札幌市豊平館で行われた詩の朗読会に、詩人・宮尾節子さんにお呼び戴き、参加しました。当時私は、札幌で朗読をするのは初めてでした。お客さんは四〇人くらい?来ていました。自己紹介で、私が旭川から来たことをお話すると。会場は騒然としました! 「おい、あいつは富田さんの弟子らしいぞ」「旭川の詩人だ!」。「富田さんは元気か?」「東先生はお元気か?」など、全道から集まっていた詩人の皆様に、お声掛けを戴きました。旭川の詩人であることが、どんな意味を持つのか、この日私は思い知りました。それは大いなる歴史の流れに身を置くことでした。
 詩誌「青芽」。昭和二十一年に創刊された、詩の雑誌です。戦争の時代、特攻隊を見送る通信兵だった富田正一さんが十八歳で復員し、「心のよりどころを作ろう」と決意され、十九歳から九十一歳の間、七十二年間発行を続けました。日本現代詩人会や日本詩人クラブよりも古く、全国千五百人以上の詩人が関わりました。主宰は富田正一さん。旭山動物園のイメージソングの作詞もされた方です。今年四月七日に逝去されました。
 富田さんはいつも言っていました、「旭川こそ、北海道の詩の原点。全国から名だたる詩人が旭川を訪れたのだ!」
 確かに、昭和十一年に鈴木政輝が、北海道詩人協会を発足し、四条通七丁目に事務所を構えています。萩原朔太郎と親しかった旭川の詩人、鈴木政輝。そして小熊秀雄、今野大力、小池栄寿は、三月に上演された旭川歴史市民劇「旭川青春グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ」に登場しました。小熊秀雄、今野大力は常磐公園に詩碑があります。小池栄寿は小熊秀雄大親友。「交友日記」を残しています。富田正一さんは小池栄寿から学びました。富田さんや、旭川文学資料館・前館長の東延江さんたちが、ゴールデンエイジの流れを汲む、とてつもない詩人たちと、旭川の詩文化を築きました。小熊秀雄の親友である小池栄寿から学んだ富田正一さんが、「心のよりどころ」を作るために人生を捧げた…これはとても興味深いことです。「心」とは何か。
 いま、旭川は中学生のいじめの問題で全国から注目されています。大人である私たち一人一人の胸に突き刺さる事件です。未来を担う子どもたちのために、私たちは何をしてきたのか? 現実的にどういう対応をするかという問題があります。同時に、中学、高校、大人になっても、あらゆる集団や組織の中で、他者と、あるいは自分の心と、どう向き合っていけばいいのか、恐怖や戸惑いを感じながら、多くの人が暮らしているという、普遍的な精神の問題に、文学は立ち向かわなければなりません。
 いまから九十八年前、大正十二年、この旭川で、牛朱別川に身を投げた、十六歳の少女がいました。山田愛子さん。友人関係の悩み、複雑な家庭環境も背後にあった。そのことを、興味本位ではなく、少女の心に寄り添った、素晴らしいルポルタージュを書いた、当時の旭川新聞の記者がいました。それが「黒珊瑚」、小熊秀雄です。旭川で青春を送った小熊秀雄は、常に弱い側に立ち、行動し、発言した、強くて優しい詩人です。

☆ 二〇二一年、こんな話題が上がりました。
 ・障がい者の方への過去のいじめの問題 ・ホームレスや生活保護利用者に対する差別発言 ・アイヌ民族を傷つける表現のテレビ放送 ・ウイグルの問題なども注目されています。
 差別や偏見をなくそう、多様性を守ろう、という声が世界的に高まり、SDGsの目標でもあります。しかし、小熊秀雄は百年前から、弱い側の味方でした。
 皆様、「アンパンマン」をごぞんじですよね? お腹がすいた子に、「ぼくの顔をお食べ」と差しだす、強くて優しいヒーローです。その「アンパンマン」よりもずっと前に、小熊秀雄は魚の童話を書きました。『焼かれた魚』。海に帰りたくて、動物たちに自分の体を食べさせて、海へ運んでもらう。猫もねずみも、犬も、カラスも、魚を騙して、途中までしか運んでくれません。海へたどり着けず、骨だけになった魚を、アリたちがかわいそうに思い、海へ落とす。すると魚は、ようやく夢を叶えて喜び、狂ったように泳ぎ回り、やがて砂浜へ消えていく。そういうお話です。
 価値とは何か。お金持ちにならなければ、財産を持たなければ人に価値はないのか。「税金を払わないホームレスの命はどうでもいい」と発言したメンタリストの方がいましたが、小熊秀雄の魚は、どんどん失っていく。動物たちに、体を食べられ、失うことで、海へ近づき、本当の自分になれる。
 たとえば震災で財産をすべて失った方や、犠牲になった方たち、戦争で、家も家族も自分の命も失った人に、あなたには価値がない、資本主義社会のテストで0点ですね、なんて言えないですよね? 言えない。本当の価値とは何か。小熊秀雄の童話を題材に、存在について、哲学の言葉で問いかけた、文芸評論家がいました。旭川から全国にその名を知られ、火の出るような評論を書いた、高野斗志美先生。その高野先生が研究された、旭川ゆかりの小説家・安部公房は、あと何年か生きていたら、ノーベル文学賞を受賞していました。東鷹栖、近文第一小学校に記念碑があります。満州で敗戦を迎え、社会が根底から壊れるのを目の当たりにした安部公房は、非常事態が常識に変わる、まさに今のコロナ禍を予見するような小説を、七〇年前から書いていました。常識が変わる。人類はそうした局面を何度も迎えているはずです。
 子どもの自殺が増えています。自分は間違っている、だってそれが〈当たり前〉だもん、死んだほうがいい。という孤独な魂に対して、いやいや、〈当たり前〉っていうのは変わるんだ。きみは間違いじゃない、きみは素晴らしい、と、文学は呼びかける。
 みんなが〈当たり前〉のようにあの子をいじめている。ちがうんだ、その〈当たり前〉は変わるんだよ、いじめは良くない、あの子を助けよう。「心」を、行動を変える想像力、それが文学の力です。
 この困難な時代の「心」が、旭川の文学によって支えられる、救いとなれる。旭川の文学という「心」の財産を、多くの方たちに知って戴く、そのための活動を、行って参る所存でございます。これまでも多くの方からのご支援、ご協力を賜り、誠にありがとうございます。今後ともどうか、ご指導、ご鞭撻の程、宜しくお願い申し上げます。

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