「 帝 」 柴田望
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時代を超える
マスクを脱いで
回廊の待ち時間
暗い舞台の裾で
照明の揺らぎとなって
大正十四年八月カフェー・ヤマニで
帰郷した鈴木政輝の私を迎える
今野大力の木暮純さん
電気ブランを注ぐ美しき女給(佐藤さん)
再会する黒珊瑚小熊と小池栄寿
『円筒帽』の詩人たち
一〇〇年前の旭川の様子を
いまの旭川の人たちが覗く
一つずつ空席にした客席の視線が描く境界線
迂路のチケットに刻印された日付の
影絵となって逸脱に囲まれて
台詞の順番が迫る
「〇〇くん、詩はいつごろから?」
「そういう時期は、悩まずどんどん書くべきだと思うな。
そうすれば自然と形ができてくる…。」※1
摩擦によって沈黙は流れ、探りあてる
変容をかさねる日本の戦前
大正十一年、『毒木矢』創刊
旭川の詩壇にとって記念碑的な『青春』発行
大正十二年、詩劇『夕暮』を旭川新聞に発表
大正十五年、カフェー・ヤマニのテーブルにいた詩人たちで
詩誌『円筒帽』創刊
何故、その時代を演じたのか
三十一年ぶりの市民劇「旭川青春グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ」
プロジェクトはコロナで延期されつつも
一〇〇人を超える市民が時空を軋ませ
一〇〇年前を幻出させ
さらに多くを会場に集めた
亡骸のような軍都で
感染症の螺旋をくぐり
烈しく生を燃焼した
何故、恣意の記憶を
ゴールデンエイジと名づけたのか
日大法文学部時代、
川端康成、堀辰雄、萩原朔太郎と交流した
既成勢力の陰で作図(プラン)に熱中していた
すめらみくさが崇められていた
「早くも我々は世界国家の観念に到達していた。」※2
ひそやかに公然と挑む
じゃっく・ないふで放棄される痕跡を刻み
風化へ傾く衝動のために
どの街にも街の歴史を演じる劇団が
あるわけではないのだ
代役を重ね
ある意味では全員が代役でした
因果関係の準備と後片付け
死んだ時間を縫い付け
優しさを宇宙へ知らしめるために
違う志を持つ集団どうしの爭いをえがき
ソーシャルディスタンスで空いた席に
死者が座っていた
「唯おどおどとしている許りだ…」※3
醸成された待ち時間の円陣の仲間と
小熊秀雄の「青年の美しさ」を群読し
一〇〇年前の宇宙をひらく
情報でも飛沫でもなく血の息吹として
生者に混じって(飲食はしない)
貌が枝分かれして軌道を変える
※1 那須 敦志『旭川歴史市民劇 旭川青春グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ コロナ禍中の住民劇全記録』(2021年 中西印刷)「第2部 脚本」より
※2 鈴木政輝「裏町の鬼才たち」詩集『帝国情緒』(1937年 書物展望社)
※3 小熊秀雄の詩 『青年の美しさ』「帝国大学新聞」1935年1月21日