詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

■ 「 帝 」 (鈴木政輝のこと) 柴田望

「 帝 」 柴田望
*
 
自分を犠牲にする翼を 退化させた矢先 
戒厳となり 主張していた権利は 
急にくだらなくなって 街はみるみる壊され 
侵略者もされる側も プロパガンダを流す 
両方とも愚かではないので お互い見破っている 
支配された記憶を永久に蝕む システムの一部である 
夥しい存在が死を世界の視線に晒され
大いなる不動のもと再び生を受ける

目のかたわらに目がある

味方
どちらかのふり 責任は棄権できず
儲け先を辿れば 伝統によって作り上げられた
限界に縛られることのない 霹靂の美しい鏡が
沈黙に浮かぶ 死んでいった人たちの声の密度が
海域に迫り 包囲され いつ起こるのか
起きたときにのみ決められる 武器が運ばれていく

大正十四年、映画館が焼けた時代
帝国議会議事堂も全焼
拓けていくように見えて 秘匿された
静かな宙を眺めていた 天井が落ちれば 
目を覚まさなきゃならない
「早くも我々は世界国家の観念に到達していた。」※1
天国は凍える 高い場所からは決して見えない
何かが起きている 無音の口の動きは遅くなり
欺騙を逃れ息を殺す 何を着て
通りに立つのか この月の終わりまで
マスクを脱いで 黴の回廊 ここが居場所

大正十四年、四条十字街カフェー・ヤマニ
帰郷した私を囲む、今野大力、小池榮寿、小熊秀雄
電気ブランを注ぐ美しき女給に
一〇〇年後の旭川の人たちが見惚れる
チケットに刻印された日付
影絵となって逸脱に囲まれ 台詞の順番が迫る
三十一年ぶりに上演された歴史市民劇(二〇二一年三月)
旭川青春グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ」
プロジェクトはコロナで延期しつつ
何故、恣意の記憶をゴールデンエイジと名づけたのか
一〇〇人を超える市民が時空を軋ませ
亡骸のような軍都で さらに多くの視線を集めた 
感染症の螺旋をくぐり 烈しく生を燃焼
どの街にも街の歴史を演じる劇団があるわけではない 
代役を重ね ある意味では全員代役…

「そういう時期は、悩まずどんどん書くべきだと思うな。
 そうすれば自然と形ができてくる…。」※2
無頼の詩人、鈴木政輝
大正十一年、『毒木矢』創刊
旭川の詩壇にとって記念碑的な詩集『青春』
大正十五年、今野、小池、小熊らと詩誌『円筒帽』
昭和七年、東京で『萬国太陽旗』創刊
昭和十二年、詩集『帝国情緒』(序文は萩原朔太郎
癒されぬ理想の時代 あなたの物語はすすむ
川端康成牧野信一山之内獏らと交流した
既成勢力の陰で作図(プラン)に熱中していた
すめらみくさが崇められていた
「早くも我々は世界国家の観念に到達していた。」※1
ひそやかに公然と挑む
じゃっく・ないふ 放棄される痕跡を刻み
死んだ時を言葉の喉奥に縫い 優しさを知らしめるために
螺旋どうしの爭いを演じ 空けた一席ずつに死者が座る

「唯おどおどとしている許りだ…」※3
小熊秀雄の「青年の美しさ」を群読し
一〇〇年前の宇宙をひらく
情報でも飛沫でもなく血の息吹として
生者に紛れ 貌が枝分かれして軌道を変える

※1 鈴木政輝「裏町の鬼才たち」詩集『帝国情緒』(1937年 書物展望社
※2 那須 敦志『旭川歴史市民劇 旭川青春グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ コロナ禍中の住民劇全記録』(2021年 中西印刷)「第2部 脚本」より
※3 小熊秀雄の詩 『青年の美しさ』「帝国大学新聞」1935年1月21日

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