詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

■第55回小熊秀雄賞に選ばれた津川エリコ氏の詩集『雨の合間』(デザインエッグ)!

■第55回小熊秀雄賞に選ばれた津川エリコ氏の詩集『雨の合間』(デザインエッグ)、見開きのページに横書きの詩が、日英対訳でレイアウトされた詩集。日本語が翻訳語のようにも感じられる新鮮な言語体験。テーマは幅広く、日常から詩の着想を得て、世界の不思議さに触れさせてくれる作品や、ピノチェトの独裁体制について(P18「アタカマ砂漠で骨を捜す女たち」や)、アウシュヴィッツについて(P34「アウシュビッツの死体運搬人」)など、社会的な作品も収められています。時間を止めて、瑞々しい詩行が映像的なイメージを立ち上らせる…。

 「雨」とは何か。いま、世界ではあらゆる言語による、戦争に勝つことを目的とした兵器としての情報の「雨」が絶え間なく、ウクライナでは砲弾の「雨」が民間人を襲う。一時的に止んで太陽が差す「合間」の沈黙の中では、何が起こるのでしょうか。

 「Just like any of us who waited for
a lull in the rain to go on our errands,」(P16「雨の合間」)

 雨の合間に(a lull in the rain)、「ナメクジとカタツムリ」が「繁みから這い出てくる」。じっと待っていた生命の動きが「濡れそぼった繁みから這い出てくる」。雨が止んだ沈黙は無音ではなく、土の中から芽が出てくるような生命の微かな動きに耳を傾けるとき。この詩では自転車に踏みつぶされたナメクジが「微かなスジの細部」をあらわす「黒いダリアの押し花みたい」と、小さな死が表現されています(こういう凄い表現に出会えることがありますので、詩を読むことはやめられません)。雨の合間の沈黙のときは、死に耳を傾けるときでもあります。死んでいった人たちの声に耳を傾けるとき…

 今年3月11日の「日本経済新聞」の《春秋》に、あらがい難い力で暮らしを破壊された人々の歴史を未来へ伝える取り組みとして、東日本大震災の記憶を伝える展示施設や、戦争の博物館のことを「過去との対話を促す場」と紹介されていました。多くの人が犠牲になった過去の風化にあらがう試みとして、「いのちについて考える場所」を未来へ残す。過去との対話。沈黙に耳を傾ける一つのあり方ではないかと考えます。

 詩の想像力が、時間を止めて、死んでいった人たちの声に触れさせてくれる。新聞やテレビで報道される大きな声だけではなく、その陰で小さな虫の死(P32「虫殺し」)のように公の場では注目されない、幽かな声、微かな命に届く。この詩集に収められている、「ページをめくる人」(P34)、「こんなにも濃い青」(P42)、「十月の風」(P56)、「イェイツ姉妹」(P90)などは、まさにそうした「沈黙に耳を傾ける」「過去との対話」を可能にする詩の力を、希望を感じさせてくれる詩篇として鑑賞しました。

 ぜひ多くの方に、時を止めて、お読み戴きたい詩集です。おお、この文を書いているうちに、雨が止んで晴れ間が見えてきましたよ。

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