詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

■詩誌「まどえふ」同人、古根真知子さんの詩集『皿に盛る』(私家版)

■詩誌「まどえふ」同人、古根真知子さんの詩集『皿に盛る』(私家版)を拝読させて戴きました。ご恵送賜り、誠にありがとうございます。
 選び抜かれた詩句によって編まれた二部構成の詩集。絵本のような端正な装丁の皿に盛られています。

 冒頭の作品「風」の1行目から突然、「47ページまで戻る」という衝撃的なはじまり。47ページ目の5行目に「白い綿くずはひつじ」と書かれている本は何だろう? ページを捲るのは読者だけでなく、「吹きいそぐ風」でもある。捲られるページによって風は姿を顕す。読書の実況中継のようです。本が書かれた時間と、その本を読む読者の時間と、その読者がページをめくる様子を読む私たちの、三つの時間が詩人によって立体的に仕掛けられている。詩は時間を止めたり、凝縮したりするだけでなく、多次元的に浮き上がらせることができるようです。

 選び抜かれた詩句が、魔力的なミニマル・ミュージックというよりはエリック・サティピアノ曲のように、少ない音で、間を大切に、骨子を浮かび上がらせるように透明に展開する。「カラスが3回ないた」(「秋空」)や、「月めくり」(「息も」)、「足音が/ついてくる」(「囁き」)など、繰り返し用いられる詩行は決して無駄ではなく、味わいを変えて展開を際立たせます。

 巻き貝の内奥から蓄音機を操作する、渦上のリフレインを透明に奏でる、オズの魔法使いの正体のような(決してデジタル装置ではなく人の感性の手によって作られた)装置を想起させてくれる、その同じ詩法で編まれた作品集のようです。

 冒頭の「風」が読むことを実況中継した詩ならば、他の作品に比べて饒舌な「束縛」は詩作を実況中継したような稀有な作品。言葉が詩を、「生まれたての文字に」、どのような仕業であらわすのか。スリリングな展開。「最後まで行き着いたとき/埋めつくされたページにあらわれるのは/罫線に沿って奔走した私の秘やかな主張ではなく/網羅されている選の/その寡黙さだと気づく」(「束縛」)

 爪を切ったり(「爪を切る」)、歩いたり(「歩く」)、トーストを焼いたり(「朝」)といった身体的な繰り返しの動きからだけではなく、心の動きからも時間を止める詩の波動を編みだす。第Ⅰ章最後の「承認」という詩篇に、深い感銘を受けました。「心のおくの/ふかい騒ぎを/押さえて」、「過ぎていく彼方に」、何にも抑えられず「ひとすじの/美しい線を描く」、そんな詩を、泣いている誰かのために、いつか書けるようになりたいと思いました。何度も読ませて戴きます。心より感謝申し上げます。

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