詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

■詩誌「エウメニデス」第4期63号 小島きみ子さんの詩篇「The Raven」

■詩誌「エウメニデス」第4期63号を拝読させて戴きました。誠にありがとうございます。

 人は「心理の暗黒」と、どう向き合えばいいのでしょうか。
 詩誌「エウメニデス」第4期63号に所収の小島きみ子さんの詩篇「The Raven」は「仏蘭西の画家ポール・ギュスターヴ・ドレは/ポーのThe Ravenの挿絵を描いている」という二行から始まります。フランス語に翻訳したマラルメ詩画集の挿絵はエドゥアール・マネのはず。しかし小島きみ子さんはドレを選んでおられる。日夏耿之介訳でしょうか。「エウメニデス」本号の表紙画を手がけられた小笠原鳥類さんが「書物を並べると出現する、幻の、あの人」(詩集『アンソロジー海老ブレイクスルー2009~2020』)という作品の中で挙げていた創元推理文庫『ポオ 詩と詩論』(福永武彦訳)にも、冒頭にドレの絵が収められています。

 アメリカから来た英語教師キャサリンに「Nevermore」としか応えない「The Raven」のどこが好きかを訊かれ、小島さんは「人間の「心理の暗黒」と応えた」。話は急転し音楽の話になり、「ビートルズ」が好き。ビートルズとひと口に言っても、初期か中期か、それとも解散直前の頃でしょうか。音楽性は異なるし、その後のそれぞれのメンバーの活動を含めて「ビートルズが好き」という人もいます。音楽の話題の後に、「インドカレーの集い」に誘われる。なるほど、ビートルズマハリシの関係がきっかけで西洋世界はインドに目覚めた。瞑想、ヨガ、シタールの演奏…。「次の金曜日にね」と約束したが、「三月十一日の地震がきた」。キャサリンは「放射能汚染」を理由に契約を早く切り上げて帰国してしまう。「誰も止めなかった。」… 集いも行われなかったのでしょうか。職場への近道の農道でハシボソガラス(英Carrion Crow =「死肉を食うカラス」)の群れがひしめきはためくのに遭遇する。「放射能汚染の「心理の暗黒」のような黒い鳥の群れだった」…後半のこの一行に出会ったとたん、冒頭の二行、ギュスターヴ・ドレの挿絵のことを思い出し、「ひしめきはためく」「黒い鳥の群れ」のビジョンがこの詩のページ全体から浮かび上がり、暗い空に「心理の暗黒」が不気味にどこまでも広がっていくような眩暈を覚えます。

 最後の問い、「ポーの何が好きですか?」「「The Raven」です。」… その応えの理由が最終行に書かれます。前半にも問いのやり取りがありますが、最初とは言葉が別の深みを帯び、問いの一部が応えに変わっています。何度も読みたくなる詩です。

 話はビートルズに戻りますが、一般的に最高傑作と言われているのが1967年にリリースされた、世界初のコンセプトアルバム『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』。その革新性、実験性、後世に与えた影響において、このアルバムに匹敵すると言われているのが、同年発表された、アンディ・ウォーホルのプロデュースによるヴェルヴェット・アンダーグラウンドのデビュー作『Velvet Underground & Nico』です。このバンドの創始者であるルー・リードが、まさに『The Raven』というタイトルのアルバムを、9・11同時多発テロ翌年の2002年に録音し、2003年に発表しています。エドガー・アラン・ポーを召喚することで、当時のアメリカ、ニューヨークの暗部を暴き出したのです。アルバムのライナー・ノーツに、ルー・リードはこう書いています。

 「エドガー・アラン・ポーアメリカの古典的な作家だが、彼が生きていた時代以上に、この新しい世紀に奇妙に波長の合う作家でもある。強迫観念、パラノイア、自滅的な行為がいつも周囲にある。僕はポーを読み直し書き直しておなじ問いかけをしてみた。僕はだれ? なぜそうすべきでないことに引きよせられるのか? 僕はこの考えと何度も取っ組み合ってきた。破壊願望の衝動、自己屈辱の願望。ぼくの中ではポーはウィリアム・バロウズやヒューバート・シェルビーの父だ。僕のメロディーの中にはいつでも彼らの血が流れている。なぜしてはいけないことをしてしまうか? なぜ、手にできないものを愛してしまうのか? なぜまちがいとわかっていることに情熱をかたむけてしまうのか? 「まちがい」とは何なのか? 僕は再びポーに夢中になった…」

 ポーの「The Raven」を蘇らせ、2002年にこう書いたルー・リードのことを思い出しました。「心理の暗黒」を暴き出したニューヨークの偉大な詩人、ルー・リードは長田典子さんの詩集『ニューヨーク・ディグ・ダグ』にも代表曲「ワイルドサイドを歩け」が登場しました。
 小島きみ子さんの詩篇「The Raven」を拝読し、今この時代にもとても重要なことと思われる、人類の時代の「心理の暗黒」から逃げずに向き合うことの大切さを教えてくれた、作家やミュージシャンの仕事を想起致しております。心より感謝申し上げます。

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