詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

「 星 (エスキス、を辿ろう) 」  柴田望

https://youtu.be/mzSGc0cR25Q

星 (エスキス、を辿ろう)  柴田望
*

 ソプラノは波動、アルトも波動、
 テナーとバスも波動を織る…
 序章の歌い出し、「川は流れる…」 
 小中高の合唱部と大人の団体が集い
 相反する渦を奏でる…「ヌタクカムシュペの峯から…」
 どの街にも街の交響詩があるのだと思っていた
 授業で必ず、少年少女は暗唱
 旧文化会館に長大な墨書が飾られていた
 『交響詩岩見沢
 (開基90年、市制30周年を祝して1974年発表。加藤愛夫作詞、川越守作曲。)
 序章「コタン」、水芭蕉の群落、黒髪の乙女、逞しき若者
 迫害の歴史には触れず…
 第一章「村の誕生」、第二章「故郷の栄光」、
 侵略や強制労働は書かず…
 「神代以来の大地に初めて種子を播いた」喜び、
 「この土地だけが永遠のふるさと」
 第二章では早くも「ビルが建ち、
  学校、会館、センター、商店」が並ぶ
 大自然との戦い 人や国との戦いは
 太宰治『薄明』の瞼を閉じている間に過ぎ
 《帝国》の《帝》が消える
 第三章「北国の象徴」
 「石狩の大平原をくれないにそめる」…
 何が「大平原」を赤く染めた?
 作詞者、加藤愛夫は「南京、徐州、漢口の三大聖戦」に出征
 「台児(たいじそ)荘(う)、沂州(ぎしゅう)城(じょう)等の攻撃」の頃、
 昭和13年に詩集『従軍』を旭川の「国詩評林」から
 「詩友鈴木政輝君の友情により」上梓
 昭和15年、詩集『進軍』(河出書房)
 ―「あゝ、今日も一日生き伸びた」という實感から凡てが
     發想されてゐる―(室生犀星氏の批評「国詩評林」26号)
 山河の自然の摂理を書き
 軍紀の乱れや、略奪、陰湿ないじめは書かず…
 「死ぬ前に腹一杯日本米を食べてみたいと
    力なく息を吐く」負傷兵を書いた
 昭和12年、鈴木政輝の『詩集帝国情緒』は
 「あるフアンタジイ」
 「所有と無所有の觀念形體」を皇帝に返還し、
 世界倫理は「個々の心臓に花と開」く(「我が靑色寫眞」)
 早くも我々は世界国家の観念に到達していた
 …国際金融資本の統治とSDGsを予見していた
 「ただ一すぢに生産者や被壓迫階級や世界の
    矛盾に對する僕の熾烈な精神」(「一マルキストの死」)を説く
 「世界救済」の原理、「皇帝親政世界帝国建設」の理想!
 憲兵たちも理解できなかった
 警察での取調べは慇懃鄭重を極め、国士の待遇であった
「私としては、かうした鈴木君の詩や思想の全部を、
   必しも無条件に肯定できない立場に居る…」(萩原朔太郎による序文)
 極限の理想を実践に移そうとした政輝の詩に
 不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句はない
 時代の精神が受けた熾烈な痛みは
 一篇の鎮魂の詩(「一マルキストの死」)にこめられた 
 左の今野大力と、右の鈴木政輝、
 二極を有する言語空間を予見していた
 鈴木政輝、加藤愛夫…、(詩の根の國北海道には、
  再評価されなければならない詩人が他にも沢山いるけれど…)
 詩人が目指した表出の極
 実体のない理想の原理と戦場の目の手の
 〝書かなかった〟沈黙が
 書かれた文字よりも鮮明に響く
 課せられた仕事の類ではなく
 加害も被害も文体からは発せず
 〝転向〟も問題ではないようだ
 当事者としての時代を
 執着ではなく手放すように解剖すれば
 未来にどう生きるべきか視えるかもしれない
 星を護る闇を視なければならない
 「すべての人が住みよい理想の聖地(まち)を築く…」
 死んだ子どもが受けたいじめを
 隠蔽しない聖地(まち)だろうか?
 戦争にも平和にも学校にも会社にも街にも
 いじめにも実体はなく
 スプーンに歪んで映像は響く
 捻じれた史実の、無限より遠く
 どの博物館にも展示されない
 不都合な告発の遺産
 形而上的に聴くことのできない
 語になる前の密度を希い
 分離しようとする影の蛇行
 波動が浸潤する凝縮の核
 雪が美しく降る 屋根への階段を象徴した旋律
 沈黙とは前の音を維持し続けるのではなく
 熱の権力が張りめぐらされ
 縫合できない血管の裂け目 叫ぶ静謐
 因習の音階や楽器音、非楽音や雑音も受け入れ、
 音によって実現されるだけでなく、
 音の不在によっても実現される
 思考対象とは何の関係もない 蘇生の全貌
 結果ではなく観念の行為に連なり
 演奏者、作曲者、聴衆との矛盾に窪む
 Ⅰ、Ⅱ、Ⅲという番号で区別され
 TACET(休め!) と指示された三つの楽章
 沈黙は無音ではなく
 作曲と演奏の中間に位置する
 長さだけを指示された水晶体の休符の喩え
 神の悪戯
 合わせ鏡のような
 二重露光のリフレイン
 呪詛のごとく…日常で歌われていた
 時の網目の表情を一〇〇人の波動が築く
 深い井戸の水に初めて触れた記憶
 中学の卒業式で指揮した…
 ずっと大人になって、旭川歴史市民劇で演じた鈴木政輝が
 『交響詩岩見沢』の作詞者と交わりが深いと知り
 (鈴木政輝の「国詩評林」から加藤愛夫は詩集『従軍』を出した。)
 知っている人にも出会い…
 鈴木、加藤が発起人の北海道詩人協会に関わり(事務局長になりました…)
 時空を超えた不思議な糸に導かれながら
 2019年6月に演奏された動画
 『「交響詩岩見沢」よ永遠に』を視ると
 指揮の相澤清先生の挨拶、
 詩人の朗読を録音したエピソードを明かす…
 光陵中学の合唱の恩師、
 故斎藤正純先生の名前が出てきた!
 先生の指揮の仕方を、音階の腕時計を、
 鯨のような旧いピアノを解剖し
 調律した夏の音楽室を憶いだす…
 声を出すときだけではなく
 出さないときの大切さを教えてくれた
 どの街にも街の歴史を歌う交響詩があるわけではない
 どの街にも街の歴史を演じる劇団があるわけではない
 旭川歴史市民劇の最後の群読(小熊秀雄 「青年の美しさ」)、
 少年時代の交響詩の演奏を、ホールを憶いだし
 音を自由に、それ自身として存在させる
 全体と細部を妨害することなく想起させ、気を囲む
 文字は彩り 逆光を彷徨う日々の狼藉
 生と死を同格にする世界図書館
 透視不能な脈拍のような自己をつきとめ
 猜疑に満ちた共同体的道義を乗り越える
 彫刻の住む文化会館ロビーで
 友人たちや亡霊と出番を待ち
 日時計の人類最古のセコンドが始まる!
 川のうねりを顕す、十六部音符の前奏
 水に形はなく 水は変幻自在
 土を掘る黒い群れ 苦しみのあとの安らぎ
  …混声四部の波動がたった一語で決壊する
 
 実体のない心の波動
 
 序章、「川は流れる…」 
 第三章、「黎明の光…」

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