■「北海道文学館報」第130号(公益財団法人北海道文学館)、《寄稿・心に残る一冊の本》に、拙文を掲載戴いております。コーナー紹介に「児童文学・詩の分野で活躍する方々から《心に残る一冊の本》についてお寄せいただきました…」とあり、詩の本のほうがよかったのかも。すみません、、
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高野斗志美先生のこと
~《新潮日本文学アルバム》『安部公房』(高野斗志美/編 新潮社 1994年)
柴田望(詩誌「フラジャイル」主宰)
今年は高野斗志美先生(文芸評論家・三浦綾子記念文学館初代館長)の没後20年になります。10年前、2012年には旭川文学資料館にて「高野斗志美展」が行われ、片山晴夫先生、斉藤傑先生、石川郁夫先生の講演に多くの旭川市民が足を運びました。教育者として親しまれた高野先生。旭川大学退職間際の数年間、90年代の後半、大学生の私は研究室に毎週通い、先生のお話に熱中しました。「小説の想像力は現実に追い越された…」現代の閉塞を打破する神話空間構築の可能性について、マルケスの手法、フォークナーや中上健次、大江健三郎、安部公房の手法…。安部公房評論の第一人者である高野先生が《新潮日本文学アルバム》『安部公房』に書いた「安部公房の作品は、現実をたんに描くのではない。それを破壊するための仮説と実験の空間である。」という一文が、いまの世界の亀裂の断層を照射するようです。