「 腕 」 柴田望
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J・S・バッハ「蟹のカノン(Crab Canon)」は最後から弾いても円環
文字盤を溶かし 全方位を護る 憲政史上最長の政権を維持した背後を撃たれ
正行逆行の二重奏溢れ 同じ面を織りなす 鏡像、平行、螺旋と化し
〈沈黙〉させられていた 禁則のリピート 「…ショッキングな映像が流れます」
「…銃声音が流れます、ご注意ください」 (加速していく悲鳴を取り残していた)
(法律が、決めただけだ) 狙われた側と狙った側 カノンを彫り、数を献ずる
捻じられた悖反の波形 二重回文の車椅子がエレベーターの鏡に飲まれる
はじまりとおわりの死滅がプロセスを凝視 あなたは知っていたか
あなたには護れたか 近づく隙を与えた (海上の腕が私を掴もうとして)
(腕が垂直に生えていた)(赤い腕、緑の腕、金色の腕)
(その腕の乱立の上を/私は軽く踏み越えて、向こうの大陸へ/行こうとしていた)
厳格に定められた断続の狙い 折り返しに眠る 選択の振り子 演奏時間を計る
繰り返し揚棄し 最後の車輪が運ぶ 二十四時間に一度だけ 別の要件で少女を祀る
…場所を占められないなら、時間を占めるしかない
※( )内は吉田圭佑詩篇「草原であなたと対峙する」より