■萩原貢さんの突然のご訃報に接し、いまだ信じられない思いです。謹んで哀悼の意を表するとともに、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
昨年12月11日にご逝去の報を14日に受け、詩の世界にとって、私たちにとって、あまりにも大きな存在、昨年5月の北海道詩人協会の総会で、ご一緒のタクシーでお話できたのが最後になりました。一昨年、詩話会の1月例会(60周年の準備会議)でお会いしたとき、沢山の貴重なお話を戴きました。第三回小熊秀雄賞を受賞されたとき、河邨文一郎さんが「貰っておきなさい」と仰ったこと、旭川で鈴木政輝さんとお会いされたこと、詩人協会の歴史、在籍した小説家、他にも様々な北海道の詩のグループの動き、小樽詩話会の創刊からの編集の方向性、「フラジャイル」へのご助言も戴きました。「青芽」が70周年のとき、富田正一さんは萩原さんに励まされて、続けていくことを決意したといつも仰っていました。8年前に豊平館で初めてお会いして、小樽詩話会にお誘い戴き、入会したとき、詩誌「フラジャイル」を創刊した際にも激励のお言葉を賜りました。幽玄の磁場の小樽で、喫茶コロンビアでの合評会で詩を褒めて戴き、もっと面白い詩があなたには書ける、あの詩誌にはこういう詩も書いていたでしょう、と厳しく温かくご指導戴き、「指名手配」の私の詩もいつもお読みくださり、あまりにも大きな存在なのに、私のような者にも透き通った言葉で接してくださったこと、過去の「北海道詩集」や「核詩集」、「北方文芸」など、萩原さんの詩は膨大に刻まれており、忘れられない凄い詩が沢山あります。
沢山の感謝を申し上げなければなりません。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
*
もう絶対におりたつことはないだろうから
だから足を捨てる
飛ぶ
飛ぶ
そして飛ぶ
飛ぶために必要なものは
やわらかく勁い
この翼だけ
もはや攻撃のために飛ばない
逃亡のために飛ばない
ただまっすぐに飛ぶ
飛ぶ
飛ぶ
飛ぶ
(萩原貢「飛ぶ」より 『核詩集』1969年刊)
昨年12月11日にご逝去の報を14日に受け、詩の世界にとって、私たちにとって、あまりにも大きな存在、昨年5月の北海道詩人協会の総会で、ご一緒のタクシーでお話できたのが最後になりました。一昨年、詩話会の1月例会(60周年の準備会議)でお会いしたとき、沢山の貴重なお話を戴きました。第三回小熊秀雄賞を受賞されたとき、河邨文一郎さんが「貰っておきなさい」と仰ったこと、旭川で鈴木政輝さんとお会いされたこと、詩人協会の歴史、在籍した小説家、他にも様々な北海道の詩のグループの動き、小樽詩話会の創刊からの編集の方向性、「フラジャイル」へのご助言も戴きました。「青芽」が70周年のとき、富田正一さんは萩原さんに励まされて、続けていくことを決意したといつも仰っていました。8年前に豊平館で初めてお会いして、小樽詩話会にお誘い戴き、入会したとき、詩誌「フラジャイル」を創刊した際にも激励のお言葉を賜りました。幽玄の磁場の小樽で、喫茶コロンビアでの合評会で詩を褒めて戴き、もっと面白い詩があなたには書ける、あの詩誌にはこういう詩も書いていたでしょう、と厳しく温かくご指導戴き、「指名手配」の私の詩もいつもお読みくださり、あまりにも大きな存在なのに、私のような者にも透き通った言葉で接してくださったこと、過去の「北海道詩集」や「核詩集」、「北方文芸」など、萩原さんの詩は膨大に刻まれており、忘れられない凄い詩が沢山あります。
沢山の感謝を申し上げなければなりません。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
*
もう絶対におりたつことはないだろうから
だから足を捨てる
飛ぶ
飛ぶ
そして飛ぶ
飛ぶために必要なものは
やわらかく勁い
この翼だけ
もはや攻撃のために飛ばない
逃亡のために飛ばない
ただまっすぐに飛ぶ
飛ぶ
飛ぶ
飛ぶ
(萩原貢「飛ぶ」より 『核詩集』1969年刊)
