■米軍が撤退したアフガニスタンの詩人から、タリバン暫定政権による「詩作禁止令」への抵抗の連帯のために「詩を送ってください」というメッセージが届いたのは2年前。「詩作禁止は本当ですか?」…日本アフガニスタン協会へ電話すると、本当のことで、現地では抗議運動も起きているが、報道をすべて鵜呑みにはできないと、丁寧なご指導を戴きました。米軍が撤退しない日本に住む私は無知で、ウエッブ・アフガンの野口壽一さん、そしてソマイア・ラミシュさんとメールのやりとりを重ねるうちに、だんだん理解し始めました。
私たちが北海道旭川から年3回発行する詩誌「フラジャイル」の前身は1946年に創刊され、72年間発行が続いた詩誌「青芽」です。特攻隊を見送る通信兵だった富田正一さんが18歳で復員し、「これからは心の時代だ、詩を自由に書ける時代だ」と決意し、同級生たちと創刊。少年兵だった富田正一さんの決意が私たちの詩活動の原点。表現の自由を訴えるソマイアさんのメッセージを私は無視できませんでした。
1965年に〈詩人たちのデモ行進〉として、当時の北海道の詩の派閥を超えて詩人が結集し刊行した『北海道=ヴェトナム詩集Ⅰ』。この詩集に収録された古川善盛の作品「三滴の血」は、ベトナムの民謡をベースに、利権に群がる兵力を蚊の大群に喩えた、戦争が何によって引き起こされているのか、その根源を見破る見事な詩篇でした。60年代の詩人たちは新聞や雑誌や、開高健のルポルタージュなどを読み、ベトナム戦争について、同時代人として議論し、行動しました。
野口さんと私はSNSを通じてソマイアさんの言葉を伝え、2023年3月を締切に世界から寄せられた詩100篇程のうち、30篇以上が日本の詩人の作品でした。アンソロジー詩集を発行する運びとなり、タイトルはフランスの詩人セシル・ウムアニさんの詩行から『NO JAIL CAN CONFINE YOUR POEM詩の檻はない』。タリバンにカブールが陥落した2年後の2023年8月15日に刊行。海外詩人の英語詩21篇を安藤厚氏の翻訳で、日本の詩人の全作品と共に収録。同時にフランスペンクラブの主導で、フランスでもアンソロジー詩集刊行の準備を進め、日本語の詩は高橋純氏に翻訳戴き、フランス語版『Nulle prison n'enfermera ton poème』はOxybia社より2023年10月刊行。
『詩の檻はない』は日本国内の新聞各紙のみならず、ペルシャ語版のBBCやインデペンド紙でも報道されました。8 月24 日には旭川市のまちなかぶんか小屋で発行記念イベントを開催。9月25日には日本ペンクラブ獄中作家・人権委員会による支持声明が公式HPに掲載されました。10 月15日には遠藤ヒツジさん、高細玄一さん、皆様のご尽力により、横浜市ことぶき協働スペースにて発行記念イベント開催。アフガニスタン地震の救援金も集められました。
こうした取り組みについてSNSでの発信を続けていると、海外から私のもとに問い合わせが来るようになりました。アフガニスタンに在住する学生や詩人からも英語やペルシャ語で直接メッセージが届きました。私は彼らに「本当に詩は禁止されているのか?」「女性の権利が奪われているのか?」と尋ねました。すると「本当だ、タリバンは酷い」「ここは地獄だ」等、生々しい応答。日本へ連れて行ってくれと真剣に頼まれたり、結局叶わなかったけれど留学の方法を調べたり…。彼らは皆、カカ・ムラトを知っていました。詩誌「フラジャイル」第19号(2023年12月発行号)にアフガニスタン在住の女性詩人、ファルフンダ・シュウラさんの詩篇掲載が実現しました。
2023年12月、コトバスラムジャパンの招聘によりソマイア・ラミシュさんの来日が実現。16日に池上会館でのKSJ全国大会にゲスト出演したソマイアさんは「詩には社会を変える力がある」と発言。17日は松戸FANCLUBで交流会。19日横浜市ことぶき協働スペースでのシンポジウムにソマイアさん、佐川亜紀さん、岡和田晃さん、大田美和さんが登壇。詩の朗読や、女性の人権や文化が脅かされている凄惨な状況等について討議されました。
2024年1月21日、日本時間の午前4時より、フランスペンクラブの主催によるオンラインイベント「アフガニスタンの圧政と闇に立ち向かう世界的ポエトリーナイト」開催。世界各国50人以上の詩人が参加。日本からも11名の詩人が出演。開催にあたり日本ペンクラブ獄中作家・人権委員会委員長中島京子氏より連帯のメッセージを戴きました。
2024年6月にはアンソロジー詩集のオランダ語版発行。
日本語の『NO JAIL CAN CONFINE YOUR POEM 詩の檻はない』初版はおかげ様にて約400部程が売れ、6万円程の印税額をペイパルでオランダのバームダード(亡命詩人の家)に送金できました。
2024年11月3日(文化の日)に第二版を発行。詩人4名の作品を増補。同日にソマイア・ラミシュさんの日本で初めての訳詩集『私の血管を貫きめぐる、地政学という狂気: madness of geography in my veins』(編訳:岡和田晃、訳:中村菜穂、木暮純、野口壽一、金子明)を発行。20篇構成の詩「(私の血管を貫きめぐる、地政学という狂気)」、ソマイアさんによる村上春樹作品の書評「人生とは一つのメタファーである!―村上春樹『海辺のカフカ』への眼差し」、2023年12月来日時のシンポジウムでの質疑応答「レポート: アフガニスタンと日本の詩人による知性対話 言論の自由と女性の地位、社会の解放について」(初出「詩と思想」2024年6月号)、ソマイアさんの略歴も収録。ソマイア・ラミシュという詩人の存在が確かに伝わる一冊に仕上がりました。
11月9日、『詩の檻はない』が第27回日本自費出版文化賞に入選。
12月25日、ドットワールド編集長の玉懸光枝氏に取材戴き、ドットワールドのニュースサイトに記事掲載。YouTubeチャンネルでのライブ配信(芸術と自由の沈黙に抗うアフガン女性詩人と広がる連帯 『月刊ドットワールドTV』#4)。
2025年1月8日には中央大学で、文学部教授の大田美和さんの招きにより、現代詩作家・文芸評論家岡和田晃さんの講演(「文学を通した抵抗の可能性 『ソマイア・ラミシュ詩集』について」)とワークショップが開催されました。
2025年1月12日、ノーベル平和賞受賞者マララ・ユスフザイさんが、イスラマバードで開かれた国際会議で「女性を人とみなしていない」とアフガニスタンのタリバン暫定政権を強く非難。各媒体でのニュースや『BIGISSUE日本版』誌の特集も嬉しく拝見しました。
米軍が撤退していない日本で正しい情報を得て、理解するのは難しいかもしれません。しかし私たちは実際に海外の詩人と出会い、彼らの目を見て言葉に耳を傾け、詩を送り合い、現実を実感しました。彼ら本人も家族も危険に曝されています。
こうした経験から、かつての日本の困難な時代を生きた先達(文学が世界を認識し、変革を提起した時代の詩人や小説家たち)が遺した詩や小説の読み方が、私は大きく変わりました。
『詩の檻はない』の活動にご参加戴いた皆様それぞれに想いがおありと存じますが、私の理解としては、勧善懲悪のような抗議運動ではなく、世界について考え、詩のあり方について海外の詩人と共に考える場になっていると思います。
ソマイアさんはタリバンだけでなく、前政権のアシュラフ・ガニ元大統領をも批判し、アフガニスタンに災厄をもたらしたのはアメリカだと明確に発言しています。問題はかなり複雑で東西に単純化できないようです。
ソマイアさんとの出会いから2年が経とうとしています。皆様からの温かいご支援のおかげで、多くの方にご注目戴ける活動に育ちました。心より感謝を申し上げます。当初は理解を得ることが難しいと感じましたが、応援の輪が広がっていくのを実感し、海を越えての多くの出会いもありました。
時間をかけて努力を注ぎ、一つ一つの機会を大切に行動し、ご理解戴けますように取り組んで参る所存です。今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。
バームダード(亡命詩人の家)
柴田望