宮尾節子さんの新詩集『恋国』を夢中で拝読し、言語は社会と共に発達しましたので「詩人が政治的」であることは自然であり、詩作とは「いつものきみ」(=言葉)に「だいすきだよ」と何度も伝え蘇らせる儀式と学びました。雪景色の北の地にシロガミが届きました。心より感謝申し上げます。
アカガミではなく「シロガミ」、宣伝班員としての「徴用令状」の問題が書かれた詩をはじめて読みました。徴用文化人の魂の内奥に触れるような宮尾節子さんの言葉に揺さぶられ、戦時下で詩がどう生きたか、現代の視点から再考されるべきと思いました。
『非国民文学論』(田中綾著)を想起しました。
赤紙が表紙の『非国民文学論』(田中綾著)は総動員体制から排除された文学の精神の問題が書かれた凄い本です。その排除を免れた側の戦い、命令によって役目を与えられ、魂の加担をもとめられ、書くこと、書かされることにどう向き合えるか。宮尾節子さんが書いた「シロガミ」に戦慄しました。
