「雨の馬」Ⅲ(斜々舎通信 雨の馬)の「4つの隣人」(木田澄子さん)。《ふゆの落日》と「あたらしい季節」を「さしこむ」《配達夫》は自然現象であり、《(選挙たちあい人の)耳鳴り》も無生物主語になるだろうか。そして地震の伝承の《ナマズ》、これらを詩人が「隣人」と名づけた喩の喜び。
「黄昏どきの自転車」(坂本孝一さん)の発話者は恐竜の時代、マンモスの時代、人類が派生した三百万年前(鮮新世末期)を語り、ついこの四月に法律が改正された自転車の運転を語る。化石の巨大な生き物たちが繫栄した太古の生存競争と、訪れたかれらの黄昏。そしていまの人類の争いと黄昏。これら別次元の危機を同じ土俵に誘う。「つやのある風をうけた車輪のさび/速さをどう磨けばいいのだろう」。偶像の黄昏とすべての価値の転換を語り、ヨーロッパ思考のありかたを揺るがしたニーチェの『偶像の黄昏』、永劫回帰の車輪が黄昏に向かって回る。
