詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

顔 柴田望 2019-02-10.


*

~その瞬間光は拡散し、全てを白色にひたし、知覚可能レベルを超えた激烈な照度で包み、侵食し、あらゆるものは個性を剥奪され、それゆえ一体化し、消化されてしまう。(笠井美希「終わらない閃光―映画『ヒロシマ、私の恋人』」『デュラスのいた風景 笠井美希遺稿集・デュラス論その他 1996-2006』(七月堂)) 
 

白い味 何を食べても変わらない ひとに作ってもらったものは おいしい、ありがとう、と言って食べなさい おいしい、ありがとう・・・味は関係ない 叱られる恐怖に演技は躾けられ 好き嫌いもない 顔色を伺い どのタイミングで驚くか 感謝すべきか 戦闘を全身で味わう 常にリラックスを装い 次の武器を磨く 幸いにしてアレルギーはないが アルコールを分解できない 飲めば具合が悪くなる 周囲の気分を害さぬよう 演技を磨く 耐えられる限界まで犠牲になればいい 慎重さが求められる 案外飲めると思われているし グルメ好きなふりをして 申し訳ありません 味覚障害 温度だけが重層に奏でる まだ味が判っていた頃 カレーライスが好きだった ある日、カレーライスがいつもと違って それを告げたとき 親の失敗を責める悪い子だと ものすごく怒られたので カレーライスは密かに嫌い お茶漬けも好きだった あるときご飯が腐っていて ぜんぶ吐かねばならなかった 失敗は繰り返さない お母さんは悪くないよ 僕が勝手に食べたせい だけどまた怒られてしまった 「残さず食べなさい・・・」 トレイの揚げ物を必死でぜんぶ食べたのに どうして私の分まで食べたの 仕事で疲れて帰ったのに ひどいことをするのねと 猛烈に叱るだけじゃなく 狂ったように泣かれてしまい じぶんはお母さんの不幸の元だ 早く死ねばいいのにと 心の底から一緒に泣いて 涙とともに味は枯れた お母さんを好きな分だけ 喪失は拠りどころとなり 白へ至る道のりは険しい 一度手に入れたらこっちのもの 激烈な照度であり あらゆる個性を剥奪し 一体化して 瞬時に消化できる 焼き付けられた光の涅槃 伏線を記憶の核と結ぶ再生産技術 煙が円形に拡がる 幾千行もの空白に虚構を書く 最初の一行 いやあ、おいしいです、最高です、こんなの生まれて初めてです・・・こんなのってどんなの?(笑) オウム返し 白に白を重ねて 眼の前の大切な人が笑顔でいてくれますように 細心の注意を払い 全神経を集中させ 色々つらい思いをさせたな 支えてくれてありがとう おかげ様です 私の手柄ではありません 貴重な機会を戴いて ご馳走までして戴いて ありがとうございます 色を棄てた分だけ味わえる 破戒ではなく 深い白に 恵まれるようにしてくれて 失くしてしまわなければ出会うことのない 誰もが険しい道を歩み 経歴を匿す じぶんを棄てなければ味わえない 獲得した白の上でしか書けないと教えてくれて ありがとう 交響曲(無限の味)をくれて 産まれたときに包まれたはずの白い光 泣き声を響かせる直前の空白をくれて その日からずっとあなたを痛めつけて 悪い子どもで ごめんなさい ありがとう ありがとう・・・ 怒りには二つある ①保身のため ②世のため人のため 天地宇宙はびくともしない ○○のせいは○○のおかげ 善悪の蝶番を球体へ導く 配慮が広い分だけ運がいい 波動は起点へ 放射性降下物が散布される 行いが次の瞬間を決める 「感謝しなさい!」厳しく 何時間もお説教 繰り返される家族の物語が好きでした 象徴の生成りの白は着古され 透き通る淡褐色へ 中心も路線もない 広々としたいくつかの場所 誰かがいたと思われていた 誰もいなかった小さな青春 河を横断していた (塩漬けの土地を購わされた母の小説を書く)マルグリット・デュラスは誓う 声なき叫びの痕跡 区別することをやめて 本質的に形容不能な唯一のものに溶ける 焼却炉に思い出を収め 体積を減らしても 無害化することはできない 灰は生命 根源的な慎みのなさを照らす いくつかの感情 いくつかの出来事 濃度が高く半減期の長い使用済み核燃料を 地球の至るところ 生物が触れるおそれのない地層を蝕み 厳かに減衰させる 土との区別を失うまで数万年以上かかる つまり永遠 圧縮した熱エネルギーが無限の核融合に至る 民族の滅亡以前に書かれたデータを引き継ぎ 各大陸に埋められた 幾重にも遮蔽された仮面のずっと奥 表象に顕れている 意思の苦しみを見守る おかげで学ぶことができる 永い時間をかけて共に歩む 私たちの

 

f:id:loureeds:20190220075643j:plain