詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

■壁  ―「振り子」       柴田望

壁  ―「振り子」      
         柴田望
 
部屋はがらんとしている 三人の子どもが壁に静かにクギをうつ
鉄の玉が先についた紐をくくりつける 動いているのに止まって見える
振り子で壁全体を揺らす 一つ目の振り子は二つの振り子を揺らす 
二つの振り子は四つの振り子を揺らす 四つの振り子は八つの振り子を揺らす
振り子はロサンゼルスのワッツタワーよりも高くそびえる 偉い人がさらに偉い人に
さらに偉い人が一番偉い人に ほめてもらうための(だましあいの)ゲームみたいに
小さな振り子は大きな振り子にだまされて大きな振り子に投票する
一つの家族は大きな振り子を構成する小さな振り子にすぎないと悟る
憶えていなさい 与えた力はそのまま返る 一つ一つ 受けた力をそのまま返す
揺れるたびに忘れるために 書いたものを永久に残さないために
文字があるということは 声があるということは 手触りがあるということは 
痛みがあるということは 血がでるということは 光があるということは
揺れている証拠である 震えている証拠である 止まっている証拠である
字も 森も 道も 地平も 揺れている線の波動である
あることが起こるたび 壁と 壁に増え続ける振り子の三角形と
三人の子どもは絵になる 絵は一見止まって見える
震えていなければ 色は見えない でも、色や形や大きさは
問題じゃない こわがらなくていいよとゆるすために
おそろしくて目をそらしたくなる奥底の 芯のために
うれしいに揺れたとき かなしいにもどるために
くるしいに傾いたとき たのしいにもどるために
三人の子どもが壁に静かにクギをうつ 神様、どうかこの子たちを
決して書かれることのない 静かな経験からお護りください  
お父さんがお母さんをどなる お母さんがお父さんをどなる 声が消えるために 
フィクションでありますように 一つ目の振り子は二つの振り子を鳴らす
二つの振り子は四つの振り子を鳴らす 四つの振り子は八つの振り子を鳴らす
私たちが生まれた日 うれしかった日のことを どうか笑顔で具象的に
大きな振り子に逆らい お父さんとお母さんに憶いだしてもらうために
トム・ブキャナンがデイジーにたのしかった想い出を語る
部屋はがらんとしている デイジーの心は揺れる 休むことなく震えている
 

2020-06-29.

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