詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

「 顔 Ⅶ 」柴田望

「 顔 Ⅶ 」
*

小さなきみの叫び声が姉さんには聴こえなかった(かもしれない)
小さなきみが泣いていたから…・・・早く家に帰してあげたくて
夢中でペダルをこいだ
(かもしれない)
大きなダンプが尾いてくるので 小さなきみが轢かれないように
スピードをあげた
(かもしれない)
小さなきみは今にも自転車から 転げ落ちそうな体勢で
片足を地面に ずるずる引き摺っている
小学5、6年生くらいの少女の ペダルをこぐ 横顔
まだ2歳に満たないきみを乗せて 自転車が風を切る
*

この紙の余白に 鮮血が みるみる滲む
*

靴はもうどこかへ 消えてしまって
色んな事情で頭がこんがらがって 呼びかける無数の聲を
振り払おう、としていた
(かもしれない)
ダンプの運転手が見かねて叫ぶ
「おい、足を引き摺っているよ!」
ようやく、車輪は止まる ふと後ろを振り返れば 
片足を血まみれにして 妹が転げ落ちる
*

この紙の余白に 涙が ぽたぽた滲む
*

泣き叫ぶ妹の顔を見て 同じくらい大きな聲で 姉さんは泣いた
姉さんは泣きながらお母さんを呼んだ
でも、姉さんのお母さんは ずっと前にどこかへ行ってしまった
姉さんのお母さんは 優しかった
(かもしれない)
お母さんのかわりに 妹のお母さんと 暮らさなければならない
お父さんと、姉さんと、きみのお母さんと、きみは病院へ行き
お医者さんは「こりゃひどい」 きみの破れた皮膚を糸で 
ちくちく縫った ……元通りには治らない(かもしれない)
*

2018-08-18.柴田望

 

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