「 粉 」
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バンコクのウォーキングストリートには
あらゆる言語 肌の色が混じるのに逆らい
車道に眼を落とせば 信号待ちの表面張力
コップの底に溜まる粉のごとく バイクと
クラクションの群れが満たす 六車線の日本車の隙間を
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バンコクの電柱には 百本以上のケーブルが巻きつけられている
日本ではせいぜい一〇本程度だ 法律で許されないはずだ
あんなに見事に 頭上に織りこまれて 何が遠くと絡むのか
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見たこともないほど過大な屋外広告
オカシイのはどっちだ? 窓ごしリングで殴りあい
観客も黄昏 勝ったほうのぶんかに染められていく
膨大な修正の過程を胃壁へ流し 吉田一穂「都市素描」を浮かべる
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( 街
白金の幾何学
高層建築の光の祝祭
あゝ鮮麗な空間の形 )
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バンコクのデパートの書店に詩のコーナーは無い
この瞬間、どこへも出かけず ホテルの部屋で
一穂の詩を他国のコースターに謄写している観光客は
他にいないか? …SNS検索するソフトクリームの溶度で
レンブラントホテルのプールで水着なのは 白人と日本人だけ
鱗粉を禁則に孕み ふりがなのごとく針金を緩ませ
アルファベットのお土産を売る現地の若者を背に
仲間たちはふきだしくり抜かれて 夜の街へ溶けていった
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( 不眠の華に晝く屋根裏の月 )
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( 有機解體の頽廃期へ分裂し下降していく )
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※()内は吉田一穂の作品「都市素描」(詩集『海の聖母』)より
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北海道立文学館で9月22日より行われる特別展「極の誘ひ 詩人吉田一穂展 ―あゝ麗はしい距離(ディスタンス)、」に向けて
http://www.h-bungaku.or.jp/exhibition/future.html#sp201809