詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

■『小樽詩話会』会報No.619(2018年12月号)より

■『小樽詩話会』会報No.619(2018年12月号)より

「 顔Ⅶ 」
*

 ――最初の記憶 
まだきみは話せない 
新しく着せられたレースの生地が肌に擦れて痛いのに 
(いまは言えなくても、
大きくなったらきっと言おう) 
言葉の無い鮮やかな部屋で永久に誓う 
赤と白の証拠写真がここにあります

電話が鳴る 
お母さんがショックを受けている 
聴かなくても親戚の顔が見える 
病院運ばれて…治らないかもしれない… 
どういう処置が必要かなんて 
子どものきみは知らない 
知らなくても事細かに言える 
恐ろしいのはどうなるかってこと…

果たしてきみの告げた時刻に
専門治療は施され 
預言通りの快方へ向かう 
悪戯を遥かに超えてしまった
笑ってしまうような 怒ってしまうような 
困ったような 呆れちゃうような
(どうしようもない) 
大人たちの群れ

  *

小さなきみの叫び声が姉さんには聴こえなかった(かもしれない)
小さなきみが泣いていたから 早く家に帰してあげたくて
夢中でペダルを漕いだ(かもしれない)
大きなダンプが尾いてくる
小さなきみをダンプから守るためにスピードをあげた(かもしれない) 
小さなきみは自転車から転げ落ちそうな体勢で
柔らかいお菓子のような幼い片足を地面に引き摺っている
小学五、六年生位の女の子がペダルを漕ぐ横顔
二歳にも満たないきみを乗せて風を切る
この紙の余白に鮮血がみるみる滲まないように文字を埋めるね
靴はもうどこかへ消えてしまって
呼びかける無数の声を振り払おうとしていた(かもしれない)
ダンプの運転手が見かねて 「おい、足を引き摺っているよ!」
ようやく車輪は止まる ――幼い足を赤い血まみれにして
妹が転げ落ちる
この紙の余白に涙がぽたぽた滲まないように
行間も読めないくらい文字と記号埋めるね
泣き叫ぶ妹の顔を見て 同じくらい大きな声で 姉さんは泣いた 泣きながらお母さんを呼んだ
姉さんのお母さんは ずっと前にどこかへ行ってしまった
姉さんのお母さんは優しかった(かもしれない)
お父さんと、姉さんと、きみのお母さんと、きみは病院へ行った
お医者さんは「こりゃひどい」
破れた皮膚を糸でちくちく縫った
――元通りには治せない(かもしれない)

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