■『小樽詩話会』会報No.619(2018年12月号)より
「 顔Ⅶ 」
*
――最初の記憶
まだきみは話せない
新しく着せられたレースの生地が肌に擦れて痛いのに
(いまは言えなくても、
大きくなったらきっと言おう)
言葉の無い鮮やかな部屋で永久に誓う
赤と白の証拠写真がここにあります
電話が鳴る
お母さんがショックを受けている
聴かなくても親戚の顔が見える
病院運ばれて…治らないかもしれない…
どういう処置が必要かなんて
子どものきみは知らない
知らなくても事細かに言える
恐ろしいのはどうなるかってこと…
果たしてきみの告げた時刻に
専門治療は施され
預言通りの快方へ向かう
悪戯を遥かに超えてしまった
笑ってしまうような 怒ってしまうような
困ったような 呆れちゃうような
(どうしようもない)
大人たちの群れ
*
小さなきみの叫び声が姉さんには聴こえなかった(かもしれない)
小さなきみが泣いていたから 早く家に帰してあげたくて
夢中でペダルを漕いだ(かもしれない)
大きなダンプが尾いてくる
小さなきみをダンプから守るためにスピードをあげた(かもしれない)
小さなきみは自転車から転げ落ちそうな体勢で
柔らかいお菓子のような幼い片足を地面に引き摺っている
小学五、六年生位の女の子がペダルを漕ぐ横顔
二歳にも満たないきみを乗せて風を切る
この紙の余白に鮮血がみるみる滲まないように文字を埋めるね
靴はもうどこかへ消えてしまって
呼びかける無数の声を振り払おうとしていた(かもしれない)
ダンプの運転手が見かねて 「おい、足を引き摺っているよ!」
ようやく車輪は止まる ――幼い足を赤い血まみれにして
妹が転げ落ちる
この紙の余白に涙がぽたぽた滲まないように
行間も読めないくらい文字と記号埋めるね
泣き叫ぶ妹の顔を見て 同じくらい大きな声で 姉さんは泣いた 泣きながらお母さんを呼んだ
姉さんのお母さんは ずっと前にどこかへ行ってしまった
姉さんのお母さんは優しかった(かもしれない)
お父さんと、姉さんと、きみのお母さんと、きみは病院へ行った
お医者さんは「こりゃひどい」
破れた皮膚を糸でちくちく縫った
――元通りには治せない(かもしれない)