詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

■「小樽詩話会」会報626号(2019年12月)

■「小樽詩話会」会報626号(2019年12月)
 
「顔」 柴田望
 

(真っ白い 何もないただの壁に 窓を落書きする)
 
 氷点下結晶に染まる 景色を遮る粒子のフィルム 星の映写機 窃盗団が侵入 幾世帯もの窓ガラス ステンレスの枠は持ち去られる 季節が同じ方向へ叫ぶ 「こんな工事、発注してない!」 グーグルアースでは胃の楕円 眼の集落 涙腺を辿る 渦巻き状に削られている 鉱質の地下水は枯れ 大規模な洪水により湖底へ流れ土砂に沈む 埋没した樹の遺体が菌類に分解される前に 残組織は泥炭と化し 年代を経て無煙炭へ熟す 真っ黒い 堆積は洪水の証 旧三井砂川炭鉱中央立坑櫓 渓流のカーブ奏でる 最盛期は人口密度日本一 集会場、共同浴場と三〇棟あまりの住宅 水道も電気も来ている 生活保護の数名が去り 坑道は閉鎖 賑わいを忘れて 男が訪れるのは地元カーショップ内の損保代理店 窓口の女性がめくる個人情報 姓名判断 四柱推命 手相 人相 数秘術 西洋占星術・・・ A4三枚の儀礼 閃く 存在の核 一瞬の画像 決壊する大量の記憶 男の表情は変わる 重い仮面をようやく外す きっかけは何度も見せられた夢 壁に籠められている 全体の予算 国の計画 補助金で解体できる? ベニヤを石で叩けば 薄いコンクリの顔 結露した石膏ボードが粉を垂らす 古いポスター 黴の畳が永久に濡れる のっぺらぼうの同じ顔が月に向かって咆哮します 幾世帯もが束ねられ どこへ散らされたのか トラックは国境を過ぎる 奪われた灰白色 緊急ダイヤルが鳴る 「ピザを届けてほしい」 「これはただのピザの注文じゃありませんよね」 「はい、ラージサイズをお願いします」 警官が出動、酔った男に手錠をかける (男はウィリアム・F・フリードマンじゃない) 電話した女性の唇は裂け 目は腫れあがっている 先週、忠告されたはず・・・彼の元を離れようとしない 責任をとる 悩みを話す相手は占い師でもカウンセラーでもなく 仮面でも水晶でもない 鏡だ 苦しみは一人じゃない 大勢が口コミで並ぶ 診断を書くのが大変・・・そして映像 暗号の役目 窓を盗んだ組織を繋ぐ 生きた証拠を知りたくて 警官やご家族が写真を持って訪ねる 草叢に隠れ 獲物を狙う入墨の狩猟 渦巻きや棘や眼の文様 言語を盗まれ 働かされた沢の集落 ダンプが橋を揺るがす 疲労の遺跡 すべて埋めるのではなく 生かせるものは生かせないか 国や町の予算でやれはしないか 消えた窓枠の廃坑 何も貼られていない結露の酷い透き通る壁に 過ぎ去った人々の顔を浮かべようと試みるとき 秒針は未来へ還る 縦坑 横坑 誰も棲まない 地球の至るところ蝕まれ 真空の継承を制限された 試みることしかできない 眠る胎児に語る 人生を形づくる濁点の分子レベルを 手放したとたん・・・枝分かれして結晶は拡がる 昔々、あるところに・・・やがて喪失 
 
(真っ白い 何もないただの壁に 表情は描かれています)

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顔: 柴田望詩集 (∞books(ムゲンブックス) - デザインエッグ社) オンデマンド (ペーパーバック) – 2019/9/30
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