詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

7日間ブックカバーチャレンジ:現代詩手帖文庫29『堀川正美詩集』

・美術教育コンサルティング社代表 髙橋 久美子様より、7日間ブックカバーチャレンジのバトンを賜りました。誠に、ありがとうございます。 一昨年の紀伊国屋書店札幌本店での『火ノ刺繍』イベントでは、本当にお世話になりました。感謝の限りであります。
(ブックカバーチャレンジ…7日間ではなく数日で7つ以上投稿して終わってしまうかもしれませんが、どうぞ宜しくお願い申し上げます。)バトンのほうはどなたかお一人に…と思い、フラジャイル同人で詩人の小篠真琴さんに相談させて戴いたところ引き受けて下さり、既に小篠さんの投稿は始まっておりますが、柴田の投稿はこれが一つ目です。

・先月発行致しました詩誌「フラジャイル」の表紙ですが、これは現代詩手帖文庫29『堀川正美詩集』を意識したものです。緑の表紙の時計は10時27分ごろを指しております。僭越ながらその4分後の10時31分あたりを「フラジャイル」のほうの時計は指しており、「詩に何ができるか?」を問うております。「フラジャイル」の方が数分進んでいるという意味では全くありません。60年以上前に書かれた堀川正美作品に古さを感じられず、つい数分前に書かれたのでは?と思えるほどの鋭さを感じるからです。

 私が大学の頃、97年くらいだと思いますが、文芸評論家の高野斗志美先生が非常勤になられる際、研究室(大学で一番大きな学長室)を引き払うとき、学生は私だけが引っ越しのお手伝いをしました。どれでも好きな本を持っていきなさいと、先生が所蔵していた現代詩手帖文庫を60冊くらい戴いてしまい、他にもバシュラールモーリス・ブランショなどを戴いたのですが、一番たくさん読んでぼろぼろになってしまったのがこの現代詩手帖文庫29『堀川正美詩集』でした。最初は、有名な「新鮮でくるしみ多い日々」に心惹かれたのと、ページを捲るたびに前衛的な海外の映画でも観ているような気持ちになり、辛いときも異世界へ連れて行ってくれたこと、さらにこの本の紹介を、当時から崇拝致しておりました吉増剛造氏がこのように書かれていたこと…「詩作に行きづまったときに必ず手にする書物があり、私の場合、エズラ・パウンドの詩集と堀川正美の『太平洋』が数年間続いている。『太平洋』を一つの黙示録として読む習慣がそだっているのだ。」

 「一つの黙示録として読む習慣がそだっている」という物凄い文に音楽的な衝撃を受けました。命がけでピアノばかり弾いていた学生で、チック・コリアとも握手しました。好きなミュージシャンの影響を辿っていくと、ギンズバーグバロウズの存在に当然ぶつかり、ビート・ジェネレーション系とブコウスキーばかり読んでおりました。日本の詩人で読んでいたのは吉増剛造氏の詩集と、この『堀川正美詩集』だけで、他の日本の詩人はすみません、まったく読んでも分からず、興味はございましたが、20代前半でしたから(今もかなりそうですが)勉強不足でありました。しかし、その状態を貫くべきであったのかもしれないという両方の反省を、同時に愛してもおります。

 この現代詩文庫29に殆どの作品が収録されている堀川正美詩集『太平洋』は50-60年代に書かれた作品であるにも関わらず、読み耽った90年代にはまったく古さを感じられませんでした。コロナ時代の今読み返しても…昨日?もしくはつい3~4分前に書かれたのでは?とも感じられる、背筋の凍るような、鋭い感受性に打たれます。
 
「磁器の水差しがふいにたおれかかる。
 それは美しい時代のある日、すきとおった
 老人の手は磁器のうなじのくびれを
 つかみとめるとき握るだろう、おのれの過去
 のどぼとけのないしわだらけの女性的な歴史を。
 断崖のはずれで精神がかがやいている。」
 
「だれかの咳に耳をすませよう。
 すべての国境は犬にとなりあっており
 すべてきみのあたまには権力の隣室がある。
 狼がそこであえぎながら絞首されるのを聞け
 ドアのすきまをそっとしめろ
 朝になったら亀を愛すと寓話作家に告げよ。」
 
 ( 堀川正美「うつろなこころの休暇」 )

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