■青木由弥子さんの詩集『しのばず』(土曜美術社出版販売)の25篇を1つの長編詩のように読ませて戴き、序詞にある「眠りより静かな/無音のかたちに触れる」、何も無い世界に詩句が光と音と感触を与え、「言葉はまだ/追いつかない」からこそ生じる実感の扉が、あるときは恐る恐る、あるときははっきりと、丁寧に優しく、詩人の手によって開かれて、触れてはならない大切な記憶の芯へ導かれているよう。その過程の情景は美しく長い時と共に編まれる。「本を開き 白い扉を引き起こす 磨き抜かれた階段 壁面は大理石 かすかに発行しているアンモナイト 実りかけたまま朽ちた林檎 人間の手足 様々なものが堆積して静かに息をしている」(「坑道」)。
顔のない「あなた」「あの人」たちの存在。「気配を呼び寄せては葉陰に戻す人」(「中庭」)、「地図だけを残して消えた男」(「坑道」)、「ツイードの背」「その人はもう/どこにもいないのに」(「家路」)、「その人の肩の形」(「瞑目」)、「あなたの舌に甘く包まれ過ぎ去っていく緑の風」(「詩の生まれるとき」)、「一本の木の下で/あなたは語り続け ささやき続け/うもれ続け いまはもう/なにもない」(「耳」)。この方たちは同一の人物ではないかもしれないのですが、詩人が見つめ、語りかける、応答のない他者であり、故人なのかもしれない。偲ぶのではなく偲ばず。詩の力でいつでも会える。