詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

■「 スプーン 」 柴田望

「 スプーン 」        柴田望
*

私は心ではない 私は体でもない 私は顔ではない 
私は手でもない 私は虚ではない 私は真でもない 
私は木ではない 私は君ではない 君は私ではない
ひとが曲げるのではない スプーンが曲がってくれる ※1

作品は作者ではない 作者は書いていない 書かされている
作品が作者を選ぶ 作品が形式を選ぶ 作品は読者ではない
私でも君でもない 問いでも答えでもない 
過去でも未来でもない 記憶でも水でもない 記憶は水に宿る
クジラの胃を割るとプラスチックごみでぎっしり
《いじめ》は隠蔽された 子どもが自殺!
ブランコや滑り台はブルーシートで覆われ
ものを書いたり、詩を朗読する意味なんてない
詩は君と同じでこの世にいない

高い波動と低い波動が交錯して編む 太陽は高く北風は低い
旅人は波動に操られる 聲の粒子は飛沫と呼ばれる
脳は騙す 本当は悩みなんてない 脳が肉体を守る
嫌いなひとに優しくする 創作の始まり 

シガー・ロスのアルバム『()』 
ヤニス・リッツォスの『括弧』
スラッシュもイコールも句読点も雨のように生きて
スプーンを水槽で飼って描いた

夜中に電話…「お子さんは濃厚接触者かもしれません」
夜中に電話…「お子さんの遺体か、確認してください」
インドネシアが首都移転法案可決しました… 
トンガ沖火山噴火で首都消滅… 不測の事態に対処できない
コロナ禍で富豪は富を倍増させたのに
先生方のマニュアルはアップデートされたか?
困っている生徒は問題児だから社会的距離を置く
子どもは見抜いていました… 卒業したら整形する…
だって私は加害の末裔、侵略で栄えた移民の王族…
脳は騙す 教科書に傷はない… 検査は陰性でした…
日本語の祖父母の家が記憶を吸着する

君は記憶ではない 無意識でもない 顕在意識でもない 数字ではない
君は成績ではない 偏差値でもない 評価の査定のデータでもない 
心に課された運命でもない 君は《名前》でもない
占い師が動画でティンシャを鳴らす… 
柴田ノゾム ノゾミ… キグレ コグレ純… 
ウェールズ出身のトマスは英語訛りを選ぶ… 境い目は揺らぐ
IDでもPasswordでも LINEのトークでもない 
ブラウザの履歴でも メルカリの購買記録でもない 
「冨莫大於知足 福莫盛於無禍」 ※2
「千よのふか いた﹅く桶の そこぬけて 
水たまらねハ 月も宿とらず」 ※3
仙厓の書は義梵ではない 義梵の絵は仙厓ではない
仙厓の書はデータでも数値でもない

波動の高さと低さの混血 宇宙の闇は黒よりもさらに黒い
君が視なければ世界は存在しない… 強烈な脈拍と鼓動で
君は響いていた 君は透明な殻の中で ありったけ響いていた
手紙のような親密さで 外を春の予感の波動で満たした… ※4
驚嘆しました! 宇宙へ響いて、言語を、超えていました
意味を伝えるのではなく エモーションを伝えていました 
「年齢には限定がなく、脳に記憶された言語数がまだ著しく少ない幼児でも
 何かにほんとうに心を動かされている時、
 内海を満たしているのは言葉にならない〈詩の心〉でしょう。」
「生まれてから死ぬまでずっと〈詩の心〉を抑圧するのは苦しいことです。」
   (佐相憲一「詩想、生きることの夢のなかで 1」 『指名手配』3号)

時間は君ではない 空間でも長さでもない 
速さは君ではない 病気でも仕事でもない 
差別は君ではない 日々でも神々でもない 
重圧は君ではない 座席は君ではない 君はだれかであり 
瞬時にだれでもにつながり 同時にだれでもない唯一につながる
映像の記録ではない Social atmosphere でも 死んだスプーンでもない
持っている物の価値や仮想通貨や 人類の歴史の傷痕や 原罪は君ではない
君は《名前》ではない 痛みこそ通路であり 途上にあるもの
雪が道を狭めて 日中に溶けて夜に凍る 粒子がきらきら光る
思いつきのメモを貼り付けて綴る 文字の粒子の波動
脳は内臓を騙す 内臓から発する直感を燃やして騙す!
瞬間と滞留、疾さと遅さ 路面はやがて肌を顕す 
倫理的なスタンスや伝統や慣習が詩を滅ぼす…
その義務を手放すのと反対の努力を学校は教える…

周辺に追いやられた声が映画のスクリーンを織る
別世界で生きていました 特有の空気を問題視しながら
真言」を探求できるか? ほとんど言葉にならない…
瞬間の点と点を結ぶ… 思いのはたらきを促す塊の僅かな芽を
書く行為は容疑であり、詩人は指名手配される
《名前》は千年前とは響きが違う… 忘却の断層に吸着される…
これまでが通用しないとようやく気づく…
名づけるのを避け、弱い側を追い詰める傾きに
加担していたことに気づかず、加害者を庇い、
「私自身」は「犯罪行為はしていない」と逃げた!
それが現実であると認められる大きな時代の節目
微細であると見過ごされて累積された力
無限の聲が今も響く… 命の眼差しの括弧を脱いで
空想の卵のように忘れて 掬うことをやめたひと匙
一人の影には千のナイフが潜む(Heinrich law)
ぜんぶ認めて、お詫びしなければならない
あらゆる環境を破壊しながら どの国も組織も
あらゆる階層のマナーを破り 時代の麺麭に報道を塗った
自分たちの都合で曲げて 正しさを今も主張している

*

※1  
「スプーンに曲がってもらっているのであって、曲げているのではないのです。スプーンを曲げている方が気づいていないだけです。気づいている方もいます。」(足立育朗『波動の法則―宇宙からのメッセージ』(2007年 ナチュラルスピリット刊)

※2  
仙厓義梵 桶画賛(草稿)「千よのふ哥に」

※3
仙厓義梵 一行書 「冨莫大於知足福莫盛於無禍」

※4  
「わたしが響いている 
 透明な殻の中で響いている
 ありったけ響いている
 外はもうすぐ春らしい 」
 (廣瀬爽彩「未知へ」より 『娘の遺体は凍っていた』(2021年 文藝春秋刊))

 

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