詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

「書いてはならない」柴田望・『小樽詩話会 60周年アンソロジー』(小樽詩話会 2023年12月16日)

■『小樽詩話会 60周年アンソロジー』(小樽詩話会 2023年12月16日)に、詩篇「書いてはならない」で参加させて戴きました。11月23日俊カフェさんでの〈ぽえとる?〉で朗読させて戴きました。
 先日、あるご縁で整骨院で「ボディトーク」という施術を受けた際、21~23歳(1996~98年)頃の悲しみが胸部に溜まっていると言われました。ずっと忘れていたはずでした。その頃の芯に触れるきっかけを戴いた、不思議な一年でありました。

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「 書いてはならない 」
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知り合いのほとんどが
あなたを下に見ていた
故郷からお札の束が届いても
レートは低い

昭和天皇も宿泊した
ニュー北海ホテルの寿楽でバイト
制服が似合っていた
雪道を車で送った
元カレが待ち伏せしていて
とっくみあいの喧嘩をした

しつこく電話したり
アパートを探しあて
ボンネットの上で騒ぐ
日本で就職したらしく
職場に電話するぞ、と脅したら
ふっと消えた

あなたのことは書かないと約束した
挨拶の練習をした
你好とか自己紹介を
バスの曇りガラスに漢字で
ひらがなのような指で
教会のオルガンを弾く

化粧する女性と初めて暮らした
寝ているふりをすると
あなたは電話していた
じつは知っていたんだ
そういうことを書いてはならない

あなたに優しい日本人と
そうではない日本人がいた

トマトと卵の炒めものが得意だった
誕生日に魚を揚げてくれた
妹と弟がいた
弟が生まれたとき、当局がやってきて
両親は注意を受けた

旅行が好きだった
親友と何日か出かけて
私の日常が戻った
あなたが帰ってくると
あなたの日常になる
アイラインにタトゥーを入れた
私はすべて許した

就学ビザが切れる日
帰らなければならなかった
日常が迫っていた

ニュー北海ホテルへあなたを送った車で
空港へ向かう
鳩の群れが道をふさぐ
時間がない
エンジンをふかすと
群れは綿毛のように散る

常磐公園の池のほとりで
鳩をつかまえようとするあなたは
幼い頃のあなただった
別宇宙の仕草だった