詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

「游」 柴田望

「游」
 

なぜ父は連れて行ってくれたのだろう
玄関を出て五秒で海 古い漁師の家
二階の窓に船の点が浮かぶ夜
〈ぼー〉と汽笛は揺れる
モーターボートに揺れる私たちや
山も木も風の匂いも 波の形をしていました
バケツの縁をだんだん登る 捕まえたツブの犇めき
洗濯物みたいに石場で干す真昆布や
タコが吹き出す墨の色 防波堤 魚に群がる嘴の声
烏賊釣り船の集魚灯や 海に溶ける太陽は
礫岩(れきがん)に散りばめられ
毎年の夏 探検をして カレイの稚魚を釣りました
父の海のしょっぱさだけが本物で
他の海や温水プールは偽物でした
街のどこにいても 建物の中にいても
〈ぼー〉と船の汽笛が 波の薫りで
ひっそり反響する ゆうやみの十字路
荘厳に 温もりや赦しのように消える
生と死が同時に馨る墓標 睡眠の謎
夢でも白昼夢でもない 洞窟の地図
潮騒の夕餉 光沢の数珠を繋ぐ集いに導かれ 
波の形に満ちていました
それがボートから一瞬だけ 水中を覗いた光景
波の形の横顔が いつもより張りつめていた 
ある夏を最後に なかなか行けなくなりました
左右どちらから 伝わり抜ける?
さんずいに 旗が風になびく象形 子どもの象形
花を降らせたり 歌を流したり 日没と暁の器を 
たしかに存在していた 久しく忘れていた 
親しくて近くて遠い 記憶をいつまでも溢れさせる
流れる水の象形 美しい人たちの象形

 

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・5月25日(土)に札幌市豊平館で行われる「ぽえむライヴin豊平館」(「饗宴」の瀬戸正昭さん主催)のために。
今年25号で終刊された函館の詩誌「游人」に捧げます。

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游人 25号(最終号)