詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

■「弦」74号(2019.5.1)

■渡辺宗子さんより、「弦」74号(2019.5.1)を御恵送戴きました。誠にありがとうございます。

・嵩文彦さんの「ゼロというそんざい」

 人類の中で最も革新的な発明の一つ。「インドでゼロが発明されたのか/インドでゼロが発見されたのか」という書き出し。ゼロの誕生は数学史上比較的新しく、5世紀にインドで発明される以前は空白で表されていたりしたようです。

 わたしはどうなっても
 ゼロにはなりませんが
 たましいの質量はゼロにちがいないと
 しんじつ、思っています。
*

ダンカン・マクドゥーガルによると人間の魂の重さは4分の3オンス、21グラム。映画『21グラム』のショーン・ペンの演技は印象的でした。突如訪れる命の代償の訪れは数学的である。行為の分だけ戻ってくるとわたしたちが数学的に意味づけて考えているだけなのか。
*

わたしはほとんどゼロから
いのちをいただいています
ほとんど、であって
まったくのゼロからではありませんが
*

わたしは戻ってとうぜんの
いつ戻ってもよい
ちいさなそんざいです  
(嵩文彦「ゼロというそんざい」)
*

渡辺宗子さんの「海に伝える」
セイレンの歌声」のリフレイン。半身半鳥、歌声で船を沈没させ、船員を食い殺す。

艦隊の母艦の撃沈
あの一億の一人
いまも縛られていたのだろうか
太平洋の真ん中
*

戦艦大和沖縄出撃海上特攻の際に通知された「一億玉砕ニサキガケテ立派ニ死ンデモライタシ」の「一億」のことか。
まだ100年も経っていない少し以前に、今からでは信じられない残酷な状況が世界を覆っていた、その痕跡がセイレンの歌声に「うつらうつら睡む白昼」眠らされ、見えなくなってきている。やがて海底に引きずり込まれる。

波の龍神が立ち昇る
あちらにも こちらにも
父・兄一億の陥ちた阬だ
太平洋の同胞
(渡辺宗子「海に伝える」)
*

「阬」は「坑」の本字。生き埋めにさらた、陥れられた阬(あな)。
昨年、恐縮ながら渡辺宗子さんに御声掛け戴き、3月24日札幌市教育文化会館での「北海道横超忌」にて、加藤典洋さんのお話を聴講させて戴きました。「敗戦後論」で、日本の戦没者と向き合うことから始め、アジアの死者への哀悼や謝罪に向かうべきと論じた、戦後日本の本質を問い続けた文芸評論家加藤典洋さんが先日5月16日に71歳で亡くなられた。
 昨年最前列で聴講させて戴き、加藤さんは、瀬尾育生さんが、吉本隆明の自己表出、自己中心性というものが、「恋愛破棄事件」から来ているというお話を前年されたのに対し、加藤さんは「どこから来た、と決めることよりも、どこから来たのか?という問いのほうが大事」と仰っていた。深く問い続けることの重要さを学びました

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