詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

■記録としての詩誌「つむぐtsumugu」15号(2019年9月15日 集プレス)

■記録としての詩誌「つむぐtsumugu」15号(2019年9月15日 集プレス)を拝受、同人お一人お一人の世界がたっぷりA4の2段組4ページにわたって収められたとても魅力的な詩誌、誠にありがとうございます。非常に貴重な勉強をさせて戴いております。
 望月逸子さんの作品「尹東柱の碑」、「民族の誇りの灯を点し続けたという理由により/福岡刑務所で獄死したのは/私が生まれる 僅か五年前のことであった」その尹東柱の詩碑の前を、何も知らない少年少女たちが通り過ぎる。「時が ゆっくり流れる」平和であること、何も知らないことの恐ろしさ。学童疎開引率教諭だったお父さんのこと、疎開学童が語った言葉に焦点が置かれた「『元疎開学童 Nさんの言葉』」も、見事に時間の壁を飛び越えて書かれる。
 田中眞由美さんの「どこまで」、「その人」に会うためどこまで戻ればいいという過去であり、これから戻る未来でもある、「その人」自身も歩みこんだ「知らない道」。「いつでも会えると信じられた日は/つい昨日のように思える」。越えられない時間の壁を詩句が築くことによって、時間の壁を越えている。月に望みを託したイェイツの書を読み、今世を生きるほんとうの意味とは前世で約束を交わした大切な人(薔薇に例えた)と再会することであると知覚したことを想起しつつ拝読。
 高橋紀子さんの荘厳な詩作品「ガンジス河」、「生きるとは/燃え尽きることだ」「生きるとは/流し去ることだ」、巨大な壁画を見上げるように鑑賞させて戴きました。ヘッセの『シッタールダ』の川に幾多の顔が浮かんでは消える最後のシーンが眼前に広がるよう。圧巻、ため息が出ました。
 佐波ルイさんの詩作品「そんなこんな★ひび割れる日々」「蜂鳥ハミングバード」「隣の女 窃視スル」がどの詩人の表現よりも先鋭的であり、現代を照射する言語空間の構築に成功されていると感じられるのは、そこに誠実さを見出すからです。現代詩であるからには、現代を表現しなければならないはず。もの凄いスピードで膨張奔流するビッグデータ、ネット社会の混乱と見せかけて操る者の存在、テクノロジーの進化・深化、覆される歴史の再評価、モラルの低下崩壊による人間性の危機、普遍性すら常に刷新される幻想の一つに過ぎない。創作が古い表現を手放し新しい表現に挑戦することこそが誠実さの証であると考えられるからです。訳が分からないほどの世界でちゃんと私たちは自分を見失わず、そうした社会に当然に生きる「ワタクシ」たちを掘り下げる、従来の言語では言い尽くせないものを表現するのが詩の課題ではないかと考えます。「ワタクシ の閾を/超え逝く」記号やアルファベットや片仮名を包容する多国籍の日本の美しい詩句がつむがれていく。創造性をつむぐことについて、創造者の視点について、かつて愛読した本の引用をここに。「一枚めのレコードを仕上げたときのことだけど、スタジオから外に出るといきなり列車が通りすぎる音や、ガード下の作業場の音―旋盤や電ノコの音がきこえてきて、そのとき突然思いあたったわけ。「ぼくらはなにひとつつくっちゃいなかった……ああいったものを、無意識のうちに取りこみ、そいつを再創造しただけなんだ」とね。」―ジェネシス・インタビュー(スロッピング・グリッスルによる)『アヴァン・ポップ』(ラリイ・マキャフリイ著 筑摩書房)より。

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