詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

■谷合吉重氏の個人誌「Donc」3号(2020年2月)

■谷合吉重氏の個人誌「Donc」3号(2020年2月)を拝受、誠にありがとうございます。美しい表紙写真は「難波田の夜明け」とのこと。お城のある埼玉県富士見市でしょうか。

 何をどう見るかで幸せか不幸かが来まる。細田傳造さんの「不幸」は「不幸だなあ/このとしで目がよく見えるということは」ではじまるが、人間の視力だけでは見えないはずのヴィジョンまで照らしだす。荒れ草の中に花畑が、花畑の中にアジア大陸が、「白い花の未熟の果実に薄い切り傷が」見える。前半で視力をとぎすませる助走。さらに後半は嗅覚が時間を越えて強烈なヴィジョンを生成、浮かび上がる。「さらに鼻がよすぎる」ので、「五月のあの夜の空襲に/牛込川田窪の所在の牛小屋に於いては/牛のきんたま総員丸焼けで/臭くって臭くって堪らなかった/アメリカ火喰の残臭を/このとしまで覚えていることは/とても不幸だ」。人の五感、視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚の中で、唯一、嗅覚中枢のみが情動・感情中枢と隣り合わせの大脳辺縁系に位置するという。嗅覚は原始記憶であり、感情と強く繫がる。人類の不幸の嘆きへ深く繫がる。だからといって「ガスマスクして」交番の前を通ったら「つかまるねぜったいに」。視覚→嗅覚→体感覚の見事なオチ!

 一方、渡辺めぐみさんの「声」は聴覚を研ぎ澄ませる。電話の向こう側の声と、それにこたえる「わたし」の声。「少しでも長く生きられるようお祈りしています/とわたしは言った/虚しい 虚しい 虚しい/祈りの言葉の破綻の音が/夜の深みに降りてゆく」。声に発せられない言葉に耳を澄ませている。壮絶な時間の波が押し寄せてくる。「このひとの 魂の 炸裂の 燃焼のため/わたしは生きなければいけない/沖縄戦で死んだ両国の兵士と民間人と子供達のためにも/死を賭して守らなければならないものはこの世にはありません/とY氏は言っておられるのではないだろうか」

f:id:loureeds:20200316003801j:plain