詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

長田典子さんの新詩集『ふづくら幻影』(思潮社 2021年9月1日)

■ 長田典子さんの新詩集『ふづくら幻影』(思潮社 2021年9月1日)が紡ぎ出すビジョンに、圧倒され、心奪われています。かつてあった町、津久井郡中野町字不津倉、湖底に沈んだ町を蘇らせる、工場を、そこで聴いたラジオの唄を、バャリースのオレンジジュースを、細い道を、白いセドリックを、藁葺屋根の家を、ダイナマイトの爆発を、「大イチョウ、レンゲ畑、川原への道、渡し船、竹の手摺がついた粗末な橋、/細く曲がりくねる急な坂道を/毎朝 俯きながら登って行くひとびとの姿は/さながら巡礼者のようだった」(「巡礼」) そこに生きた人々の、貴重な記録であるとともに、詩は魔法の力を帯びて、今は無い町の空気を輝かせ、読者を誘い、人々と出会う瞬間を、蛍の光を、経験させる。感情を揺さぶる。「哀しさなのか いとおしさなのか 怒りなのか/今はもういない/たいせつなひとびとに/とつぜん 召喚さえた/身体の奥深くて漣立つ/湖の底から/召喚された/狂おしく」(「巡礼」)。
 2015年12月発行第49号の詩誌「エウメニデスⅢ」(編集発行人 小島きみ子氏)が私の手元にあります。本詩集にも収められている衝撃的な作品、「ツリーハウス」の原型ともいえる同名の詩篇「ツリーハウス」がこの号に収められており、「※連作「ふづくら(不津倉)シリーズ」より」とあります。まだ一緒に遊ぶ子どもたちが「ぱくぱく」何を言っているのかわからないくらい幼い頃の、しかし鮮やかな記憶。その遠い記憶そのままに、ドングリの大木はまだ生きていた!!「太い根を巨人の掌のように広げ大地を鷲摑んでいた」(「ツリーハウス」)。失われたあの世界は「食べられてなんかいないさ/ドングリの大木みたいに/続いていくのさ」と詩人は書く。何十年も前に失われたことへの悲しみではなく、続いていく誇り。喜び。生きている。ずっと続いて残って根を伸ばす。その証拠の一つに、この本がある。詩の一篇一篇が映画のように町を、樹々や草の匂いを立ち昇らせ、その時代の中でかつていた人々と読者を生かす。

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