詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

「 幻駅 」 柴田望 

「 幻駅 」
*

地下のウォーターメロン・マンで働いていた
二階の風俗店の勧誘を受けた
恋人に死んでやると脅されていた

映像でしか見ることのできない
駅は汚れていた
新聞が落ちていた
映画監督が自殺した

始発を待ち、階段に座っていると
不良が二人、絡んできた
ウォーターメロン・マンで働いていると告げると
不良は去った

朝二時、階段は寒い
心も寒い
待合室は近寄りがたい
石油ストーブを核に
家のない人の渦が儀式のように眠る
顔のないかれらは人であり家である
犇めく家であり土地である

若い女性が混じっていた
かの女に気づくと、渦巻きの芯は遷る
かれらは順番に話す
「足を洗いなさい…」
かの女に言っているのか
聴こえないふりをしている
聴衆に言っているのか

朝五時、リーダーが先頭に立ち
紙片を風のように撒く
顔のないボランティア部隊が続き
どかどかと床を一斉に掃く
あれほどの数の箒が粛清するのをはじめて見た

映像の駅は跡地
俤の渦の気配が天秘を覗く
新しいデザインに生まれ変わり
イオンが設けられ
ますます顔を失い
待合室の輝きは眠る
顔のない家と私も

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