詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

「 動悸 」 柴田望

「 動悸 」
*

 システムが稼働していた
 国境を越えていた
 地下鉄大通駅が揺れる
 瀋陽生まれなのに旭川の暮らしに慣れ
 群衆にあなたが怯える
 パウンドの顔の表情、雨に濡れた枝、蕾…
 元JAPANのメンバーによる『RAIN TREE CROW』も俳句だった
 領事館の手続きを終え
 バスターミナルに駐車し地下を歩く
 午後は小樽
 運河は人がまばら
 銀の鐘で鈴のようなカップをもらい
 ブリキのランプシェードを買う
 しばらく枕元にあった
 国道十二号線を戻る
 母国ではないのに
 帰ってきた感じがする

 紙一枚でここにいられる
 いられなくなる動悸は止まず
 環状線をまっすぐ進む
 東川の喫茶を目指す
 ベロニカや見たことのない古代の花が
 風に揺れて迎えていた
 なぜか心安らぐ
 一九九七年、たぶん五月
 大雪遊水公園はまだない
 学生の私は何も知らず
 強制連行の慰霊碑前を過ぎる
 過酷な労働による犠牲も
 二人とも知らない

 中国語は単位を取っただけ
 大きな声で話しても
 喧嘩じゃないとあなたが教える
 時間の統治を失い
 喉の奥の発音の区別が揺れて見えた
 世界の目が私たちを見下ろしている
 絞られた盲点と重なる瞬間の訪れ
 絶対に書かないと約束した
 絶対に探さないと約束した

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