詩誌『フラジャイル』公式ブログ

旭川市で戦後72年続く詩誌『青芽』の後継誌。2017年12月に創刊。

「 顔 Ⅶ 」 柴田望

「 顔 Ⅶ 」
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  ――最初の記憶―― まだきみは話せない 新しく着せられたレースの生地が 肌に擦れて痛いのに 言葉を知らない (いまは言えなくても、大きくなったらきっと言おう) 言葉の無い鮮やかな部屋で永久に誓う ほら、赤と白の証拠写真がここにあります
*

  電話が鳴る お母さんがでる(ショックを受けている) 受話器の向こうで語られる絵を 聴かなくてもきみには見える 親戚の誰かが病院へ運ばれて治らないかもしれない どんな病気でどういう処置が必要かなんて 子どものきみは知らない 知らなくても事細かに言える 恐ろしいのはこれからどうなるかってこと 「大丈夫だよ…」 果たしてきみの告げた時刻に 治療は施され 予定された恢方へ向かう (悪戯を遙かに超えてしまった)小さな予言を笑ってしまうような 怒ってしまうような 困ったような 呆れちゃうような(どうしようもない) 大人たちの群れ
*

  ろくに話せないうちから
  こんな出来事を、きみは予見していた
     ↓↓
  小さなきみの叫び声が姉さんには聴こえなかった(かもしれない) 小さなきみが泣いていたから…… 早く家に帰してあげたくて 夢中でペダルを漕いだ(かもしれない) 大きなダンプが尾いてきた 小さなきみが轢かれないようにスピードをあげた(かもしれない) 小さなきみは自転車から転げ落ちそうな体勢で 片足を地面にズルズル引き摺っている 小学五、六年生位の女の子がペダルをこぐ横顔 二歳にも満たないきみを乗せて風を切る この紙の余白に鮮血がみるみる滲まないように 文字を埋めるね 靴はもうどこかへ消えてしまって色んな事情で頭がこんがらがって 呼びかける無数の聲を振り払おうとしていた(かもしれない) ダンプの運転手が見かねて 「おい、足を引き摺っているよ!」 ようやく車輪は止まる 振り返ると足を赤い血まみれにして 妹が転げ落ちる この紙の余白に涙がぽたぽた滲まないように びっしり文字を埋めるね 泣き叫ぶ妹の顔を見て 同じくらい大きな聲で 姉さんは泣いた 姉さんは泣きながらお母さんを呼んだ 姉さんのお母さんは ずっと前にどこかへ行ってしまった… 姉さんのお母さんは優しかった(かもしれない) 代わりに妹のお母さんと暮らす お父さんと、姉さんと、きみのお母さんと、きみは病院へ行った お医者さんは「こりゃひどい」 破れた皮膚を糸でちくちく縫った ……元通りには治せない(かもしれない)
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(2018-08-27.書き直し 柴田望)  

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〈吉増剛造 2008~2017〉『火ノ刺繍』(響文社)  「日刊ゲンダイ」五木寛之氏の《流されゆく日々~最近読んだ本の中から⑤~》にて、

■本日2018年8月25日(土)の「日刊ゲンダイ」、
五木寛之氏の《流されゆく日々~最近読んだ本の中から⑤~》にて、なんと!

吉増剛造 2008~2017〉『火ノ刺繍』(響文社)が紹介されています!!
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「さながらイスファハン・レッドの手織り絨毯とでもいうべきか。全体の構成は「声書き」「手書き」「トべ!」など、さまざまな表現形式に、写真が加わったアンソロジーで、これまでこういう本は見たことがない。」
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「インターネット全盛の時代に、こういう書物を世に送るということは、狂的な執念がなければできることではあるまい。畏怖の念を抱かせる一冊。」
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「0914ページに「二〇一六年 自身による詩集解題」という項があって心を打たれた。
  出発  
    新芸術社
  1964年1月20日 装填=渡辺隆次 
  ガリ(謄写、・・・・・・)
  インキの匂いのまだ残るタイプ印刷、
  内百五〇部買取。
  畏友、井上輝夫による序文「混沌の伝説」不朽なり。・・・」
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「あらゆる表現がこの一冊につまっている。版元の響文社も、とんでもない本を作ったものだ。」
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・・・さすが!高橋哲雄社長☆

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「 顔 Ⅷ 」 柴田望

「 顔 Ⅷ 」
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桜が丘小学校にさんねん
卒業アルバムに妖精が写っていた
帰り道に水辺
釧路川
春採湖かもしれない(遠すぎる)
水も木も草の背もさやかに光り 
虫の音をかき分け 
仙人に会いに行く
行き方を何故か忘れて
辿り着けない日もある
川原全体きらきらして
おじいさんは穏やかに座る
長い髪 長い髭は 
亀の白い尻尾
ずっと伸びているように感じる
弟や友だち何人かも連れて行ったから
子どもにしか見えない夢じゃない
おじいさんの前に座る甕は
家を建てるとき、玄関の前に水をためる器で
永久にきれいな水が入っていました 
住んでいたのは興津(o-u-kot)で   
春採湖か
鶴ヶ岱だろうか(遠すぎる)
大人になってからも何度も
きれいな水がそこにあったと繰り返す
甕を覘くと境は薄くなって 
話したことはぜんぜん憶いだせない
ぜんぜん怖くないし
学校から三〇〇メーターくらい離れた
美しい世界
同じ道を辿っても親と行くと
その場所は無くて
春採(haruturu)に転校するまで   
何度も行ったはずなのに
弟は憶えていない
*

o-u-kot = 互いに合流する川
haruturu = 向う地
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2018-08-24. 柴田望

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安部ねりさん死去(医師、作家・安部公房の長女)

■安部ねりさんが亡くなられたというお話を一昨日の朝、東鷹栖安部公房の会から連絡承り、夕方、各誌ニュースでも報じられました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
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■東鷹栖安部公房の会の活動にご理解を戴き、ご尽力を賜りました。厚く心より感謝申し上げます。
 安部ねりさんが書かれた『安部公房伝』( 新潮社)もすばらしいですが、私にとっては『真善美版・終りし道の標べに (講談社文芸文庫) 』にねりさんが書かれた「著者に代わって読者へ 亡き友金山時夫に」が強く心に突き刺さっており、安部公房文学を読む上でトップシークレットともいうべき重要な謎がここに明かされていると感じておりました。
 『安部公房伝』( 新潮社)収録の大江健三郎のインタビューの中にも、そのことを確認できる発言がありました。きっと作家ご本人以外には誰よりも理解されていた安部ねりさんの優しいまなざしに、お父様への深い愛が感じられました。
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www.jiji.com


安部ねりさん死去(医師、作家・安部公房の長女)

安部 ねりさん(あべ・ねり=医師、作家・安部公房の長女)16日、胸部大動脈破裂のため京都市の自宅で死去、64歳。東京都出身。葬儀は近親者で済ませた。
 完全編年体編集による「安部公房全集」(全30巻)の刊行に携わった。著書に「安部公房伝」。 (2018/08/20-19:43)

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詩誌『フラジャイル』第3号

 

■おかげ様をもちまして、北海道旭川市発、詩誌『フラジャイル』第3号を、本日発行することができました。
先程、旭川市中央郵便局より、皆様へ…全国各地へ発送をさせて戴いております。だんだん、届いて参ります。どうぞ宜しくお願い申し上げます。
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■今回は…5月15日に北海道立文学館にて行われました、吉増剛造先生、髙橋純先生(小樽商科大学名誉教授)、工藤正廣先生(北海道大学名誉教授)による鼎談《『火ノ刺繍』の未知なる文学地平 完成の経緯を語る》が全編収録されております!!(なんと!特別に、北海道立文学館財団の許可を戴くことができました☆)
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■フランス文学の専門家であり、アントナン・アルトーの研究者であられます髙橋純先生による、詩作品「火ノ刺繍」の評釈《「火ノ刺繍」壮大なメトニミー(換喩)のタペストリー》も収録!

さらに、もう一つの【特別寄稿】の「水無月句会」には、錚々たる詩人の方々のご参加が・・・
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■今月第一詩集『生まれた子猫を飼いならす』を上梓した新同人、小篠真琴をはじめ、各同人の詩作品にも特別な思いがこめられております。
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■詩誌『フラジャイル』第3号 2018 august

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扉           高野 斗志美

【詩】 
手伝う         柴田 望
鍔           二宮 清隆
帰省          小篠 真琴
時差          冬木 美智子
途方もない人生     佐々木 虎力
沈黙          澤井 浩
詩集だけ残った     林 高辞
宇宙と私        荻野 久子
本と映像の日々16   山内 真名
悲しみのコンポジション 木暮 純 

【特別寄稿】「水無月句会」 2018年6月16日

【特別寄稿】「火ノ刺繍」壮大なメトニミー(換喩)のタペストリー  髙橋 純

【鼎 談】 『火ノ刺繍』の未知なる文学地平 完成の経緯を語る 
 吉増 剛造(詩人)
 髙橋 純 (小樽商科大学名誉教授)   
 工藤 正廣(北海道大学名誉教授)

 刊行のお知らせ/近況・ダイアリー/寄贈詩集・詩誌御礼/短信

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2018年7月、遂に旭川の詩誌『青芽』が終刊となりました。
戦後72年間続き、道内外1500人以上もの詩人が参加した
『青芽』の後継誌として、先達の築きあげた歴史と詩魂に火を灯し
〈こわれもの〉=〈FRAGILE〉のステッカーを貼り
次世代へ大切に運び届ける、旭川の創造的詩文化再興に挑戦します。

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■ご講読をご希望される方はぜひ、FBメッセンジャーにてご連絡を賜りましたら幸いです。

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「 粉 」柴田望

「 粉 」
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バンコクのウォーキングストリートには
あらゆる言語 肌の色が混じるのに逆らい
車道に眼を落とせば 信号待ちの表面張力
コップの底に溜まる粉のごとく バイクと
ラクションの群れが満たす 六車線の日本車の隙間を
*

バンコクの電柱には 百本以上のケーブルが巻きつけられている
日本ではせいぜい一〇本程度だ 法律で許されないはずだ
あんなに見事に 頭上に織りこまれて 何が遠くと絡むのか
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見たこともないほど過大な屋外広告
オカシイのはどっちだ? 窓ごしリングで殴りあい
観客も黄昏 勝ったほうのぶんかに染められていく
膨大な修正の過程を胃壁へ流し 吉田一穂「都市素描」を浮かべる
*

( 街
  白金の幾何学

  高層建築の光の祝祭
  あゝ鮮麗な空間の形 )
*

バンコクのデパートの書店に詩のコーナーは無い
この瞬間、どこへも出かけず ホテルの部屋で
一穂の詩を他国のコースターに謄写している観光客は 
他にいないか? …SNS検索するソフトクリームの溶度で
レンブラントホテルのプールで水着なのは 白人と日本人だけ
鱗粉を禁則に孕み ふりがなのごとく針金を緩ませ
アルファベットのお土産を売る現地の若者を背に
仲間たちはふきだしくり抜かれて 夜の街へ溶けていった
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( 不眠の華に晝く屋根裏の月 )
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( 有機解體の頽廃期へ分裂し下降していく )
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※()内は吉田一穂の作品「都市素描」(詩集『海の聖母』)より
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北海道立文学館で9月22日より行われる特別展「極の誘ひ 詩人吉田一穂展 ―あゝ麗はしい距離(ディスタンス)、」に向けて
http://www.h-bungaku.or.jp/exhibition/future.html#sp201809

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「 顔 Ⅶ 」柴田望

「 顔 Ⅶ 」
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小さなきみの叫び声が姉さんには聴こえなかった(かもしれない)
小さなきみが泣いていたから…・・・早く家に帰してあげたくて
夢中でペダルをこいだ
(かもしれない)
大きなダンプが尾いてくるので 小さなきみが轢かれないように
スピードをあげた
(かもしれない)
小さなきみは今にも自転車から 転げ落ちそうな体勢で
片足を地面に ずるずる引き摺っている
小学5、6年生くらいの少女の ペダルをこぐ 横顔
まだ2歳に満たないきみを乗せて 自転車が風を切る
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この紙の余白に 鮮血が みるみる滲む
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靴はもうどこかへ 消えてしまって
色んな事情で頭がこんがらがって 呼びかける無数の聲を
振り払おう、としていた
(かもしれない)
ダンプの運転手が見かねて叫ぶ
「おい、足を引き摺っているよ!」
ようやく、車輪は止まる ふと後ろを振り返れば 
片足を血まみれにして 妹が転げ落ちる
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この紙の余白に 涙が ぽたぽた滲む
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泣き叫ぶ妹の顔を見て 同じくらい大きな聲で 姉さんは泣いた
姉さんは泣きながらお母さんを呼んだ
でも、姉さんのお母さんは ずっと前にどこかへ行ってしまった
姉さんのお母さんは 優しかった
(かもしれない)
お母さんのかわりに 妹のお母さんと 暮らさなければならない
お父さんと、姉さんと、きみのお母さんと、きみは病院へ行き
お医者さんは「こりゃひどい」 きみの破れた皮膚を糸で 
ちくちく縫った ……元通りには治らない(かもしれない)
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2018-08-18.柴田望

 

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